子どもの虐待死の背景に何があるのか〜支配とコントロールの社会構造を見抜き、変革する 杉山春さん
2026/07/03
子どもへの虐待が止まらない。厚生労働省の発表によると、2024年度に全国の児童相談所が対応した18歳未満の子どもへの虐待件数は22万3,691件。前年度より2,000件弱の減少とはなったが、依然として高い数字である。
虐待に対する社会的認知が高まり可視化されやすくなったために「増えた」という指摘がある。しかし社会的認知が高まったにも関わらず、激減しないのはなぜか。これだけの件数を、「特異な親と家庭の問題」にはできないのではないか。
ライターとして数々の子どもの虐待死事件を取材してきた杉山 春さんに、虐待の起きる構造と本質を聞いた。
子どもの虐待死の背景に何があるのか
〜支配とコントロールの社会構造を見抜き、変革する
ライター 杉山春さん
聞き手・構成 社納葉子 撮影・霜越春樹
家父長制を徹底的に利用した国家
杉山春さんは1996年に最初の本『満州女塾』(新潮社)を出した。満州女塾とは、開拓のために旧満州国に渡ってきた男性たちの妻の養成を目的として現地に設立された施設「開拓女塾」を指す。5年をかけて20人近い女性に聞き取りをした杉山さんは、日本が国策として「家父長制(男性が支配的で特権的な地位を占める社会システム)」を徹底的に利用してきた歴史を知ったという。その後「引きこもり」や「自死」、現在は特に「虐待」を中心に取材、執筆活動を続けている。
ーー『満州女塾』は約30年前に書かれた本ですが、杉山さんのなかでは、現在のテーマである児童虐待や家族問題につながっていますか?
はい。この時の取材で、国家主義と家父長制が結びついていることがよくわかりました。ただ当時は若く、自分ごととしては実感は薄かったように思います。塾に集められた女性たちに配られたハンドブックには夫の世話や育児について女性の役割が明確に書かれていたのですが、私自身もそれを当然のこととして受け止めていた部分がありました。30年経った今は、当時よりも構造がはっきり見えています。今は、共同体の価値規範で個人を支配、コントロールしようとすることは暴力の本質だと考えています。
ーーどんな女性たちが集められたのでしょうか。
村長や校長が狙いを定めたのは、反対する父親がおらず、成績のいい女子生徒でした。裕福で村で力を持つ父親は「あんなもん、行くもんじゃない」とものすごく反対するわけです。行けば大変な苦労をするということがわかっている。情報が入ってきているし、為政者の意図も理解できる。情報が入ってこない人や、村で立場の弱い家の娘に強く勧めて送り出しているわけです。
ーー弱い立場にある人に圧力をかけたりおだてたりして送り出した。そして戦争に負けた瞬間、切り捨てたんですね。
そうですね。その中で妊娠中の女性や乳幼児を抱えた女性たちも国へ戻るために逃げるわけです。虫の息になった子どもに手をかけたり、逃避行中に出産した子をその場に置いてきたという話を聞きました。子どもと生き延びるために中国人男性の元でひと冬を過ごした人は、子どもに「死んで欲しいと願った」と語りました。自分ひとりならば大きな町へ逃げることもでき、自分の性を差し出すこともなかったからです。人は追い詰められた時、子どもを殺すことも捨てることもある。過酷な環境ではなんでも起こり得る。
そして国家は、理想を語りながら人を過酷な環境に追い込み、責任は取らない。『満州女塾』の取材からこうした現実を学びました。当時は後に児童虐待の取材をすることになるとは想像もしていませんでしたが、最初の本で国家と家父長制の関係に気付けたことは、今思えばとてもよかったです。
子どもを虐待死させた親には共通項があった
ーー杉山さんも『満州女塾』を出版された頃に出産されたんですね。
はい。息子を産んだ産院に刷り上がった本が届きました。
ーー時代は違いますが、家父長制を身をもって感じた経験はありますか?
息子を産んだ直後に、夫の母親から「お手柄」と言われたのがすごく嫌でした。「長男」をよくぞ産んだという意味だったんでしょうか。夫の両親は、何かと親としての威厳を示そうとするかのように感じました。自然に湧き出る愛情というより、型にはまった「役割」を演じているようで、とても不思議で抵抗がありました。今から思えば、土地柄の違いも大きかったかもしれません。
ーー家庭で虐待を受けて子どもが亡くなる事件を多く取材してこられました。きっかけは?
依頼を受けたので書いたというのが始まりです。2000年に3歳の女の子が親から段ボールに入れられて餓死したという事件を取材しました。息子が4歳だったので、とてもリアルに感じながら書いたのを覚えています。
ーーその取材は2冊目の著書『ネグレクト 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館文庫)となりました。さらに『ルポ 虐待』(ちくま新書)では、2010年に風俗店に勤める23歳の女性が3歳と1歳の姉弟を約50日間、風俗店の寮に置き去りにして餓死させた事件を取材されました。2014年には、5歳の時に亡くなっていた男の子の遺体が7年9ヶ月後に見つかった事件について、『児童虐待から考える』(朝日新書)に書かれています。加害者となったのはシングルファザーだった父親でした。
どの事件もメディアはセンセーショナルに報道し、世論は激しく親をバッシングしました。ご自身で取材されて、杉山さんはどう感じられましたか?
事件を具体的に見ていくと、それぞれに子育てに追い詰められていく背景があり、共通項がありました。
まず、どの親も幼い頃から親の十分なケアを受けずに育ったことです。今でいうヤングケアラーのような状態であったり、知的なハンディキャップを抱えていたり。
また、成長過程において繰り返し激しい性被害やいじめ、体罰などの暴力を受けていました。
取材を通じて、幼い頃に「自分は存在しているだけで価値がある」と教えてもらえないまま育った人は、何かあった時に「自分が悪いから」と抱えこんだり、弱いと思われて暴力の標的にされやすいと感じるようになりました。また、加害者に転じてしまうこともあります。
さらにとても驚いたのは、ある女性は中学時代に集団での性被害を受けたことを「覚えていない」と話したことでした。事件として警察に記録が残っていたため、わかったのです。その後、トラウマについて学び、人はあまりに過酷な経験をした時、自分の心を守るために記憶を失うことを知りました。この女性に限らず、虐待死事件の加害親となった母親たちはその多くが、ごく若い時に激しい性被害体験をしていた。また、息子を死なせてしまった父親には、知的なハンディキャップがありました。彼の母には精神疾患があり、彼が12歳の時にいよいよ重くなり入院しています。彼にはその12歳までの記憶がないとのことでした。
時代が変わっても家父長制が温存された理由
ーー家庭での虐待死事件が起きるたび、子どもを死なせてしまった親がそれぞれに追い詰められていたことが明らかになることが多いですね。すると今度は「なぜ助けを求めなかったのか」という声が出てきます。
「自分には助けを求める価値がある」ということを深いところで納得していなければ、助けは求められません。大人から十分なケアを受けずに育つということは、大人や社会を信じて助けを求める力を育てられなかったということでもあります。
役所などに相談に行かない、役所の方から働きかけると姿をくらますというのは、「自分が悪い、相談などしたら自分の落ち度があからさまになる」と思い込んでいるように私には見えます。
ーー私はライターとして「いろんな公的制度がある。困ったら相談を」と書きながら、自分自身は困っていることを誰にも言えずにきました。一番困っていたのは「お金」です。ずっとフリーランスで、自転車操業でやってきました。でもいい歳をして、お金に困っているなんて言えないと思い込み、周りと同じように「なんだかんだ言っても、ちゃんと生活している」ふりをしていたんです。結果的に大病で倒れ、困窮していたことがごまかせなくなったという経験をしました。だから加害者となった人たちのことを他人事とも「自己責任」とも思えません。
私もずっとフリーランスで働き、お金のやりくりには葛藤してきました。お金のない苦しさはある程度知っています。
そんな私が、経済問題を体験したことが多分ないだろうと思われる人たちが貧困問題に向き合って議論している場に参加することもあります。そうした時、私自身、そこにいるのは身分を保障された人ばかり、と感じてしまう。「上手に生きられる人たちが、絶対的に安全な場所から当事者に同情している」と思うことがあります。僻みや、うまく生きられない自分への恥辱感を抱きます。一方、私より苦しいところにいる人たちに対して、上から目線でいる自分にも気づきます。私自身、ある程度のスキルや手段を持っているのは確かですから。恥辱感には注意深くあることは重要です。
ーー困窮すればするほど、他者の目線や言葉に敏感になります。自分たちの「特権」に無自覚な支援者と、常に上から目線で観察され評価され、弱者や困窮者と呼ばれる当事者との間には埋めがたい溝があると感じます。
今、私たちは高度に産業化された社会に生きています。そして個人が徹底的に評価され、それによって社会的な位置と収入が決まる仕組みがとても進んでいますよね。就労するということは他者からの評価と結びついている。つまり「他者からの評価」が命を分けるわけです。家制度が厳然とあった時代には「血筋」がその人の居場所を決めました。産業化された社会では、「能力」や「力(パワー)」がその人の価値を決める。近代家族は、産業化された社会の価値観で評価されることが当然と考える家族のあり方だと私は考えます。
ーーその近代家族に「家父長制」はどんな形で生きているのでしょうか。
社会(マジョリティ)が求める価値規範が、家族を評価する。人の価値は当事者が、社会にどのように適応しているかで測られる。「よき子ども」を育てることで、親として評価されます。女性たちは「よき妻、よき母」と評価されることで、自分の居場所があると感じられます。取材や裁判の傍聴を通じてわかったのは、子どもを虐待死させた親たちが、決して子どもを痛めつけたいとは思っていたわけではないということです。ただ、どの親たちにも過剰にがんばっていた時期があった。過剰にがんばるとは、社会が親に求める規範に完璧に応えようとすることです。
ーー手作りの離乳食やお弁当、義父母との交流、早寝早起き、太らないための食事管理。杉山さんが取材し書かれていたことが思い出されました。息子を死なせた父親は、幼児を育てるシングルファザーでありながら、長時間拘束されるトラック運転手として働いていました。育児の責任を一手に引き受けながら、会社から求められるものにも100%答えようとし、誰にもしんどさを見せていなかったのも共通しています。
はい、誰もが家庭や企業などの価値規範に過剰に従い、自分の感覚や苦しみを感じられなくなっていました。時代とともに社会のありようは変わっても、価値規範がより上位の権力(パワー)から与えられるというかたちで、家父長制は温存され続けています。
家庭内に長く家父長制が温存されてきたのは、女性たちには婚姻以外に所属する先が乏しかったからです。そこしか居場所がなければ、人は無理をしてでも適応しようとします。適応とは共同体の価値規範に従い、共同体から「役に立つ」と認められること。逆に言えば、「役に立たない」と見なされると追い詰められる可能性がある。そこに暴力が生まれます。
自分たちの力を信じて、安全な共同体をつくる
ーー国や地域の役に立たないとされた人や家族は、あからさまに排除されたり肩身の狭い思いをした時代がありました。今はそんな時代じゃないと本当に言えるのか。家制度から産業化された社会へと社会のありようが変わっても、あらゆる場面で評価され、自分が「役に立つ」人間かどうかを証明し続けなければならないという意味では同じ構造ですね。証明できなければ居場所がなくなる、落伍者の烙印を押されるというのは大変な恐怖です。
産業社会の力が乏しくなってきている時代です。価値規範の締め付けはむしろ厳しいのではないですか。だから、こぼれ落ちまいとするしがみつきも強い。その場合、共同体の価値規範に異を唱えた人に対して、正面から受け止めずに茶化したり、噂を立てるなど辱めることで共同体内での自分の身分を守るということは度々起こります。ハラスメントやヘイトはその例だと思います。
私はクリスチャンなのですが、所属していた教会でハラスメントに遭いました。声を挙げるのも話し合いをするのも、とてもしんどかったです。それでも自分の気持ちを伝えようとしたら、説得され、それを拒むと無視されるようになり、体の節々が痛み、通えなくなりました。「価値ある共同体」が壊されたら困る。その時、多くの人は声を挙げた個人に寄り添うことを選びません。被害者を加害者だとすら考える。共同体に属し続けるためには、理不尽だと思っても、黙る必要がある。
ーーいろいろな事件が思い浮かびます。
でも、共同体そのものが悪いのではありません。人は一人では生きられません。他者が必要です。むしろ私はしんどいところにこそ共同体は必要だと考えています。 私はそのような考えから、神奈川県下で仲間と子どもの居場所を運営しています。
ーー具体的なきっかけがあったのでしょうか。
ある公営団地の自治会から、10代の子どもたちが夜に徘徊していると相談を受けました。放火事件も起きていたようです。「子どもたちが落ち着くために何ができるか」と問われ、「家にいるのが辛い時、徘徊しなくとも安全に人に出会える場所があるといい」と考えました。子どもの頃から人を信頼するという体験を重ねていれば、大人になって困った時に人を頼れるかもしれない、と考えたのです。
この活動を通じて、私は人がもつ権力とは別の力を知りました。この場所が自分にとって意味があると思えば、子どもから大人まで参加するための役割を自分で探します。暴れながらも決して限度を超えない子や、小学生の遊びに丁寧に付き合う社会人1年生。そうした姿を見ていると、一人ひとりに想像を超えるバラエティがあり、力があることを教えられます。「てとてと」と名付けたこの場は、子どもたちのためだけにしているのではなく、私にとっても必要で大切な場です。私に人への信頼を呼び戻してくれました。

ーー立場や年齢で序列化せず、互いに支え合える共同体かどうか。共同体に支配とコントロールを組み入れないことがポイントですね。どんな予防や対応ができますか?
殴る蹴るといった肉体的暴力は、暴力の一部です。暴力すなわち「支配とコントロール」の本質は「言葉と主体を奪う」こと。自分が感じたり考えたりしていることを言わせてもらえないということです。そして実は奪う側も不安と恐怖のなかにいることを、取材を通じて知りました。
まずはこの構造を理解すること。自分たちの共同体が、安全な関係性のなかで、主体を発揮できる場所であるかを常に問い直すことが大事だと思います。
簡単なことではありませんが、「私たちにはできる」と信じることもとても大事。実は自分たちの力を信じる力もまた、私たちは奪われてきたのです。家父長制にとって、個人の言葉や主体は時に邪魔な存在ですから。
支援する立場にいる人たちには、当事者の力を信じ、当事者の言葉に耳を傾けてほしい。当事者が「信ずるに足る」と思える人間かどうか、自分を振り返りながら。
ゆるやかにつながりながら、お互いに安心して感じたことを語り、行動できる社会をともにつくっていきたいですね。

