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出生前診断について考える 立命館大学生存学研究センター客員研究員 利光惠子さん

2015/03/12


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2014年度のテーマは「未来社会と人権」。連続講座の様子を報告する。

出生前診断について考える 立命館大学生存学研究センター客員研究員 利光惠子さん

 出生前診断とは、あかちゃんが産まれる前に「障害」や病気などについて調べる検査です。病気や「障害」を理由にした選別的な中絶の可能性を見込んでおこなわれます。「リスクを抱えた妊婦に安心をもたらす」とアピールされていますが、本当にそうなのでしょうか。出生前診断の研究をされている利光惠子さんに歴史的経緯と問題点についてお話しいただきました。

出生前診断に対する問題提起

 多くの人が合計46本の染色体をもって生まれてきます。一方、精子や卵子、受精卵の段階で染色体の過不足が起きたり、染色体の変化をもって生まれてくる人もいます。医学分野ではこうした状態を「染色体異常」と言い表してきましたが、私自身は生物あるいは人間の多様性を示すもので、決して「異常」というものではないと考えています。そのことを踏まえつつ、お伝えしたいと思います。

 出生前診断を実施時期の早い順からご紹介します。受精卵診断は着床前診断ともいわれ、着床前の受精卵の段階で一部の細胞をとり、遺伝子や染色体を調べて「正常」とされた受精卵だけを子宮に戻す技術です。新型出生前検査は、妊娠10週という非常に早い時期から妊婦の血液検査のみで、かなり高い精度で染色体の変化の可能性がわかるといわれています。

 NT測定は、超音波検査(エコー検査ともいいます)で、胎児の首の後ろのむくみの厚さを測ることでダウン症の可能性がわかるという検査です。母体血清マーカー検査も妊婦の血液からたんぱく質やホルモンの値を調べ、妊婦の年齢を加味して「障害」をもっている可能性を確率で示す検査です。

 羊水検査は妊婦の腹部から採取した羊水に浮かんでいる胎児の細胞を調べます。この検査は300人に1人程度の割合で流産の危険性があるといわれ、妊婦にも胎児にも非常に負担の大きな検査です。

 検査によってわかった「障害」を理由とした選択的中絶についての正確な統計は出ていませんが、2011年に発表された日本産婦人科医会の調査では1990年代で約5400件、2000年代で約1万2000件と推定されています。

 どんな理由をつけても、出生前診断には「障害」の有無によって胎児を選別するという側面があります。そのことについて「青い芝の会」をはじめとする障害者運動は「出生前診断は国家による優生思想の実践である」と強く反対してきました。また、「産む・産まない」の自己決定を求めた女性運動に対しても「選別的中絶も自己決定に含まれるのか」と鋭く問いかけます。そして話し合いを重ねるなかで、障害者運動と女性運動の共闘が生まれ、出生前診断の急激な普及にブレーキをかけるという大きな役割を果たしました。

簡便化する検査に伴うさまざまな問題と危惧

 しかし技術の進歩によって歯止めが効きづらくなってきました。2012年8月、読売新聞の1面に「妊婦血液でダウン症判断」「精度99%」という見出しで、新型出生前検査の導入を報じる記事が掲載され、大きな反響を呼びました。この報道により、あたかもすべての妊婦が手軽かつ安全に検査を受けられ、胎児がダウン症であるか否かが確実にわかる検査だという誤解が急速に広まってしまいました。

 事実は異なります。陽性と判定された人のなかで実際に胎児の染色体に変化がある率を「陽性的中率」といいますが、ダウン症の場合、妊婦の年齢によって変動します。35歳の集団では陽性的中率は約8割、すべての年齢層を含めた集団では的中率は約5割にすぎません。ですから、この検査で陽性すなわち胎児に染色体の変化がある可能性が高いという結果が出ても、確定診断には流産の危険性が高い羊水検査が必要です。

 新型出生前検査の導入にあたっては、日本産科婦人科学会が「十分な遺伝カウンセリングができる施設で限定的に実施」する、実施施設は「施設認定・登録委員会」で審査し、認定する、対象となる妊婦はいわゆる「ハイリスク」妊婦に限定するなどの指針を出しています。ハイリスクとは他の検査で胎児が「障害」をもつ可能性が高いと診断された人や、これまでに染色体の変化をもつ子どもを妊娠したことのある人、高齢妊娠の人などです。

 さまざまなハードルを設けながらも実施する理由として、医療サイドは「リスクを抱えた妊婦に安心をもたらす」ということをアピールしています。しかし本当に新型出生前検査は妊婦に安心をもたらすのでしょうか。たとえば生まれてくる子どもの3〜5%が先天的な疾患や「障害」をもつといわれていますが、その半数は原因不明であり、新型出生前検査で検出できるのはそのうち1割強にすぎません。また、染色体の変化が分かっても、個々の症状の有無や程度はわかりません。

 さらに「妊娠10週から、血液検査だけで実施できる"簡便な検査"」ということが強調されていますが、診断を確定するための羊水検査は妊娠15週以降にしか受けられません。その間、とても大きな不安と葛藤を抱えて過ごすことになります。また、「陽性」が確定した後、産むにしろ産まないにしろ、母親は一生その責任を感じ続けるでしょう。

 実施要件の緩和を求める声が大きくなってきました。このままいくと実施施設や検査対象の拡大が予想されます。民間企業の参入による商業化もすでに始まっています。

必要なのは「生まれないための技術」ではない

「障害」とはその人の心身のありようではなく、社会的支援の不備を表していると私は考えます。「障害」がある人への差別や偏見が是正されないまま、技術だけが進むことでさらに差別偏見が拡大するのではないかと大きな危惧を抱いています。

 私たちが本当に必要としているのは染色体に変化をもつ人が生まれないための技術ではなく、彼らの安全な出産や育ちを保障する医療・保健体制と、当たり前に地域で育ち生活していくことを支援する医療・福祉・教育の充実ではないでしょうか。それは「障害」のある人に限らず、すべての人にとって必要なことであると考えます。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度のテーマは「未来社会と人権」。「ケアラー(介護者)学入門」「ビッグデータ時代のプライバシー保護」「パワーアシストが社会を変える」「LGBT 働くことといきること」「出生前診断について考える」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。