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特集



ネット社会と差別扇動 ~部落差別は、いま~ 一般社団法人山口県人権啓発センター事務局長 川口泰司さん

2017/12/21


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2017年度のプレ講座では、「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

ネット社会と差別扇動 ~部落差別は、いま~ 一般社団法人山口県人権啓発センター事務局長 川口泰司さん

「部落地名総鑑』がネット公開され、部落(出身者)がネット上で「暴かれ」「晒され」ています。ネットが差別を強化し、現実社会の人権基準を破壊している現実をしっかりと捉え、今後の課題と対策について考えます。

ネット社会の「光」と「影」

 「部落差別解消推進法」(2016年12月施行)が成立・施行した背景の一つに、インターネット上での部落差別の深刻化があります。同法第1条には「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じている」として、国会での法案審議でも、何度もネット上での部落差別の現実が指摘されました。

 今、インターネット上ではネット版「部落地名総鑑」が公開され、被差別部落(以下、部落)に対するデマや偏見、差別的情報が圧倒的な量で発信され、氾濫しています。「無知・無理解」な人ほど、そうした偏見を内面化し、差別的情報を学び、拡散する傾向にあります。

 インターネットの普及は、私たちの情報手段を大きく変えました。今、何かを調べる、情報を得るという時、書物でなくネット検索が中心となりました。また個人がネットを通じて世界中の人達にメッセージを主張することができるようになりました。

 一方、情報発信者が組織から個人へ変化してくなかで、ネット上では情報の「質の低下」という問題も生じてきています。フェイクニュースをはじめ、デマや偏見に基づく差別情報やヘイトスピーチ、悪質な差別動画なども無規制なまま投稿され続けています。

 しかも、ネットの「拡散力」と「蓄積」という機能が、差別意識をものすごいスピードで醸成していく役割も果たしています。ネット上では偏見やデマ、差別を扇動する情報も、伝聞や書籍とは比べものにならないスピードで何千人、何万人に拡散していきます。そして、それらの情報は削除されず、ネット上に「蓄積」され続けていきます。たった一部の人間でも、大量のデマや差別的情報を投稿し続けることで、「世の中の多く人はそう思っている」というような印象操作が行われます。「デマ(嘘)も百回言えば、ほんと」という状況が、ネット上では容易に生み出されています。

ネット検索の危険性

 さらにネット検索の危険性としては、アクセス数が高ければネット上では検索上位に表記されています。常に「正しい情報」が検索上位にくるとは限らず、差別的でネガティブな情報ほどアクセス数が高い傾向があります。

 ネット上で「部落」「同和」で検索すると差別的なサイトが検索上位を占めています。動画サイトでは、人権啓発や反差別を目的とした動画より、差別を扇動するような動画が圧倒的です。インターネット百科事典として知られるウィキペディアは誰でも編集できるのが特徴です。しかし、部落問題や部落解放同盟など項目は、偏った情報や偏見に基づくめちゃくちゃな記事も多く書かれています。

 また、「知恵袋」という名のついた掲示板があります。誰かの質問、疑問に対して、よく知っている人や経験者が答えるというもので、多くの人が利用しています。(公財)反差別人権研究所みえが2013年に分析したところ、「同和」というキーワード検索で約7000件がヒットしました。純粋に「知りたい」というものから、質問そのものが差別的なもの、結婚差別に悩むものなどがありました。ショックだったのが、回答です。デマや偏見・差別を助長する回答が多く、「ベストアンサー」の7割が差別的回答が採用されていました。質問した人はもちろん、部落差別について無知な人が見れば、「これが世の中のスタンダードな考え方だ」と思ってしまうでしょう。無知な人が純粋な疑問から質問をし、偏見に満ちた回答が多く書き込まれ、それが評価されている。こういう状況です。

 現実の世界にも噂好きな人や偏見に満ちた話をする人はいますが、1人で広められる範囲は限られます。しかしネット上では一瞬にして何千、何万という人が閲覧し、記録として蓄積され、ずっと参照されていきます。

 文字情報以上に深刻なのが画像や動画です。各地の同和地区に出かけ、撮影した写真や動画をネット上で公開している人たちがいます。個人の家や表札をアップしたり、お祭りで地域の子どもたちが撮ってアップしていた動画を勝手に自分たちの作ったサイトにリンクを貼ったりしているものもあります。さらに、鳥取ループ・示現舎などは全国の被差別部落の一覧リストをつくり、ネット公開しています。また、「部落人名総鑑」ともいえる部落出身者の名字リストや個人情報の一覧リストまでが作成され、ネット公開されています。そこには、部落解放運動団体や関連団体に所属している人の名前や住所、電話番号等の個人情報が無断で掲載されています。

差別のハードルが低下、人権基準が破壊

 現実社会では許されない、差別事件として問題とされる事がネット上では、誰からも指摘・規制されることなく、やり放題の状況が続いています。

 部落解放運動の歴史のなかでも、特に「部落地名総鑑」事件は大きな事件です。以来40年以上にわたり、運動、行政、教育、企業をあげて就職差別撤廃に向けて取り組みを進めてきました。今、企業が採用の際に「部落地名総鑑」などを使って身元調査をすれば、職業安定法5条の4項違反として国から指導が入ります。同じく、探偵が部落出身者かどうか、結婚調査を行うと、探偵業法違反で摘発されます。しかし、ネット上では「部落地名総鑑」がばらまかれ、身元調査や土地差別調査が公然と行われています。このように、長い時間をかけて取り組まれてきた人権基準、差別に対する社会規範が破壊され続けています。ネット上での差別が放置されることで、現実社会の差別のハードルが下がり、ついには「底が抜けた」状態になってきています。

「新しいレイシズム」にどう対抗するか

 現代の黒人差別、人種差別問題では「古典的レイシズム」と「新しいレイシズム」という特徴が指摘されています。「古典的レイシズム」とは、「黒人は生物学的に劣っている」などの露骨な偏見や差別主義の事を言います。部落差別でいえば「部落の人は怖い」「穢れている」など、以前から言われてきた偏見や差別的言説です。これに対して、「新しいレイシズム」は、「差別はすでに存在しない。黒人が貧しいのは、単に努力不足。にもかかわらず、黒人はありもしない差別に抗議し、不当な特権を得ている」「自分たちの行為は差別でなく、正当な抗議・批判だ」と主張し、差別を正当化しています。それに同調する人が増えると、社会のなかに差別を肯定していく雰囲気が醸成されていきます。

 電子版「部落地名総鑑」を作成・公開し、出版計画まで行った鳥取ループ・示現舎らも同様の特徴があります。彼らは「部落民は穢れている」「部落は怖い」などの「古典的レイシズム」の主張はしていません。彼らは「部落差別なんて、たいしたことない。だから『部落地名総鑑』を公開しても、深刻な結婚差別なんかおきない」「これだけ公費を投入して同和行政をやったのに、未だに部落差別が残っているとしたら解放同盟の存在そのものが差別の原因である」と主張しています。

 さらにこうも主張しています。「当事者だって、解放新聞(解放同盟の機関紙)や部落史で地区名を書いたり、行政だって実態調査をしてきたじゃないか。なぜ自分たちがやってはいけないのか」と。しかし、当事者が自ら語る(カミングアウト)と、他者が暴く(アウティング)とは、まったく意味が違います。アウティングは人権侵害です。発行部数の限られた書籍という形態とネット上での掲載では意味が全く変わってきます。

 彼らがおこなった最大の問題点は、ネットでの身元調査を可能にしたことです。ネット上で気軽に「どこが部落か」「誰が部落出身者」かを特定する仕組みを作り上げたという事です。部落差別が現存する社会で、無配慮に個人のプライバシーや差別につながるおそれのある情報を「さらす行為」は差別煽動です。ここの現状を私たちは共有し、どうすればいいのかを本気で考えなければなりません。

あらゆる方向からのネット対策を!レイシズムに「No!」を

 では、行政、企業、個人と、それぞれの立場で何ができるでしょうか。まず、行政ではネット上の部落差別の実態把握をしてほしい。差別的サイトや同和地区情報の拡散などをモニタリングし、削除要請などの対応をおこなう。行政だけでは限界があるでしょう。通報窓口を設置し、市民からの通報を受けたうえで削除要請するといった連携も大事です。すでに大阪府や滋賀県人権センターなどで取り組まれています。さらに、被害者を救済するための相談窓口の設置も求められます。そのためには相談員や専門家の育成が必要です。滋賀県人権センターでは「インターネット人権マスター講座」を開催し、検索方法や通報等の対応について学ぶ機会を提供しています。

 インターネットの関連企業には、利用規約に「人権ガイドライン」として差別投稿や「部落地名総鑑」の公開を禁止する規定を入れてほしいと思います。また、収入源となる広告バナー等の不掲載や撤退などの対応も求めたいです。通報窓口の設置、削除対応も必要でしょう。ドイツでは2017年10月にSNSヘイトスピーチ規制法が施行され、通報の放置に対して最大61億円の罰金が課せられることになりました。また、欧州委員会のヘイトスピーチの拡散を防ぐための規約に、ツィッター、フェイスブック、ユーチューブ、マイクロソフト、グーグルの5社が合意、24時間以内に削除するという動きが始まっています。

 個人にもできることがあります。差別投稿の通報や報告、デマ情報を否定する書き込みをするカウンター投稿です。良質なサイトを検索上位にする「ワンクリック運動」もお願いします。たとえば「ストップ!部落調査」(「全国部落調査」復刻版裁判公式サイト)「ABDARC」(鳥取ループ裁判支援サイト)、「ふらっと 人権情報ネットワーク」(ニューメディア人権機構)、「部落差別 ~つばめ次郎のブログ」(TSUBAME-JIRO)などがおすすめしたいサイトです。

 今回は現時点での最新の情報とともにお話ししましたが、ネットの世界は日々、変化しています。部落差別の現状とネットにおける人権侵害に関心と学ぶ姿勢をもちつつ、みなさんとともに取り組んでいきたいと思います。


●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「部落差別解消推進法」と「障害者差別解消法」に焦点を当て、「障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法施行 2年目の課題」「部落差別解消推進法をふまえ実態調査をいかに進めるか」「『寝た子』はネットで起こされる !?~部落差別は、いま~」「相模原事件から考える」「部落差別解消推進法の具体化に向けて:教育の再構築と相談体制の整備」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。