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2019プレ講座

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2019/12/27
在日コリアン女性の生きにくさとマイクロアグレッション 金 友子さん


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2019年度のプレ講座では、「社会的マイノリティに向けられるバッシングを考える」をテーマに、研究者や当事者に講義していただく。連続講座の様子を報告する。

在日コリアン女性の生きにくさとマイクロアグレッション 金 友子さん

なぜマイクロアグレッションか

 私の研究テーマは在日朝鮮人をめぐる問題、そしてジェンダー、フェミニズム研究です。

 在日コリアン女性の生きにくさを語る時、とりわけマイクロアグレッションと複合差別――女性差別と民族差別や人種差別が合わさった差別がテーマになります。今回はその2つがいったいどんなものなのかを考えていきたいと思います。

 まずはマイクロアグレッションについて。マイクロとは「小さい」、アグレッションは「攻撃」という意味です。私がマイクロアグレッションに関心をもったのは2010年代初頭に各地でたくさんおこなわれたヘイトスピーチがきっかけでした。路上で「朝鮮人は出て行け、たたき出せ」と堂々と叫ぶ人たちが登場し、対抗する運動や議論も多くありました。

 もちろん私もなくすべきだと思いました。けれど同時に「ヘイトスピーチだけが問題なのか」と考えたのです。よくよく考えると、「出て行け」という発言はそれまでも日常生活において在日朝鮮人が言われて続けてきた言葉ですが、「問題化」されたことはありません。そこにひっかかりを感じたのです。

 ヘイトスピーチを支える支える日常的でささいなマジョリティの意識や言動こそ問題ではないかと考えていた時に、マイクロアグレッションという概念に出会いました。

アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワークの実態調査の結果から

 「アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク」との出会いも大きなものでした。日本社会のなかで「見えない存在」にされている在日コリアン女性を「見える存在」にするために結集した人々です。2004年に最初の実態調査がおこなわれ、私は2016年頃から参加しています。その調査の一部をご紹介しながら話を進めていきたいと思います。

 調査では国籍・年齢などの基本的なものから教育、労働、家庭生活、暴力にあった経験やヘイトスピーチ、そして自由記述など8項目について聞きました。今回は自由記述のうち、学校生活と、民族名を使用している場合、それに関わって差別的な経験をしたことがあれば書いてくださいという質問に対する回答をご紹介します。

 書いてもらった回答を年代順に分けてみました。すると非常に興味深いことに、最も古い経験は1940年代のものでした。最も新しい経験はごく最近のものですが、ショックだったのは1940年代から2000年代の今に至るまで「石を投げられた」という人がいることです。

 石を投げられるだけでなく、小突かれるなどの身体的暴力は1940年代からずっと、件数は減っていますがなくなってはいません。同様に「朝鮮、朝鮮人と名指される」「帰れと言われる」という経験も継続してあります。  1970年代から80年代以降、人をからかう時の「ネタ」として国際問題が出てくるようになりました。日韓、日朝関係が悪化すると、そのことに絡めて悪口を言われます。仲間はずれにされたり、距離を置かれたりもします。

 また、朝鮮人風の名前を名乗って生活をしていると入居差別や、アルバイトを含む就職差別にあうこともわかりました。これも1960年代から現在に至るまで、万遍なく起こっています。名前を日本語読みにするように言われたり、日本名を使うように言われたりといった事例もあります。日本人には求めないような身分証の提示や、本来、在日朝鮮人が求められる必要のない身分証の提示もあります。

 接客業ではお客さんに拒否される経験がかなり書いてありました。調査を通じて、少し形を変えつつも日常的に出会う差別や排除は年代を超えて存在し続けているのがわかります。

差別の歴史と現状 〜マイクロアグレッションの概念成立の背景

 差別をめぐる研究は日本にも外国にも多くの蓄積があります。たとえば、差別の形を2つに分類する見方があります。ひとつは、あからさまな差別や態度を指す「古典的差別」で、制度的な差別も含みます。もうひとつが「現代的差別」と呼ばれます。あからさまな差別は公の世界では否定され、平等や人権といった普遍的な理念が社会的に共有されていますが、それでもなお残っている差別です。特に何気ない発言やそれとない行為、ふるまい、態度。この「現代的差別」が近年、マイクロアグレッションとして問題化されるようになりました。

 マイクロアグレッションを直訳すると「微細な攻撃」です。微細だから「取るに足りない」という意味ではありません。「見えにくい」という意味での「マイクロ」です。見えにくいからこそ問題化しにくく、けれど確実にマイノリティの人々を傷つけるネガティブなパワーをもっています。

 また、マイクロアグレッションには、おこなう人が無意識である人が多いという特徴があります。そうした意味をこめて、「小さな攻撃」なのです。

 簡潔に説明すると、「特定の個人に対して、その人が属する集団を理由に貶めるメッセージを発する、ちょっとした日々のやりとり」です。この概念を言い出したのは、1970年代のアメリカで、自らも黒人で精神科医をしていたチェスター・M・ピアースです。当初は「侮辱のメカニズム」という言い方で概念化しました。

 「侮辱のメカニズム」とはどんなメカニズムなのか。1970年代のアメリカは公民権運動を経て、「人種差別はいけない」という共通認識が生まれ、社会が変わっていった時代でした。しかしながらテレビをはじめとするメディアでも日常生活でも、白人と黒人のやりとりは、常に白人が黒人をちょっとけなすようなやりとりが多い。ドラマや映画に出ている黒人は使用人の役ばかり。ホテルの前で人を待っていたら、なぜか車の鍵を渡されて駐車場係として扱われる。ピアースはそうした扱いを「侮辱のメカニズム」と表現しました。

 そして2000年代に多くおこなわれるようになったレイシズム研究のなかで、心理学者であるデラルド・スーさんが改めてマイクロアグレッションに注目し、概念化しました。

 この時、スーさんが注目したのは、被害がどんなもので、被害者にどのような影響を与えているのかということです。同時に加害者の心理にも迫ろうとしました。特に被害に関しては、本人が抱えるストレスや自尊心の低下などに注目して研究をおこなっています。

 いくつか具体例を挙げます。たとえば、アメリカにおいてアジア系・ラテン系アメリカ人は外国生まれとみなされるという空気があります。そうした社会で「どこから来たの?」という質問には「あなたはアメリカ人ではない」というメッセージを感じさせます。あるいは女性が自己主張をしたり、はっきりと意見を述べると「くそ女(Bitch)」と呼ばれます。そこには「女性は受動的であるべき」という性差別主義が含まれています。また、有色人をサービス従事者と勘違いしたり、女性の医者が看護師と間違えられることには「有色人は白人の召使い」「女性の役割は看護」という意識があり、権力集団が他の集団を「二級市民」と扱っていることの現れです。

日本での事例:「差別未満」

 日本社会にはどのようなマイクロアグレッションがあるのでしょうか。在日コリアン青年連合(KEY)という団体が2013年か14年におこなったヘイトスピーチに関する調査のなかに「差別未満」という興味深いカテゴリーが設けられていました。「差別だとはっきりとは言えないけれど、非常に不快な思いをしている」という意味です。これがマイクロアグレッションにあたるのかなと思います。代表的な例が以下のようなものです。私自身も言われた経験が何度もあります。

  • 日本のことを批判的に言うと、「じゃあ韓国に帰れば」と言われた
  • 「韓国人なのに、どうして韓国語をしゃべれないの?」と言われた
  • 「ヘイトスピーチは大きな問題だ」と言うと、「いやいや、考え過ぎでしょう」「朝鮮人はすぐに悪い方へと考えるから」と言われた

 アメリカの事例も含めて、マイクロアグレッションにはいくつかのポイントがあります。「人種やジェンダーに関連してなされる、多くの場合は意図せざる軽蔑が含まれ、対象者を貶める」「言語で表現されることもあれば、環境や非言語でメッセージを発することもある」「見知らぬ人から周りの親しい人まで、誰からも発せられる」「その社会の歴史的経験が色濃く影響している」「その言動の前提には、○○人は〜〜だ、女性は〜〜だ」という思い込み、偏見があり、隠れたメッセージとして表出する」などです。

 こうしたマイクロアグレッションに日々接する、しかも安心できる場や人との間に接してしまった時、さまざまな悪影響を受けます。心的エネルギーの減退、鬱、自尊心の喪失。仕事の生産性と問題解決能力の低下。特定の社会的集団(在日コリアンなど)のアイデンティティを貶めるサインが社会に浸透するなどの影響もあります。また、反論したり怒りを表明したりすると、「被害者意識が激しい」「怒りっぽいのは朝鮮人だから」と言われ、ステレオタイプを強化してしまうという二次被害も起こります。マイクロアグレッションの受け手は「いったいどうすればいいのだ」というジレンマに陥り、さらに苦しみます。

複合差別と在日コリアン女性の生きにくさ 〜その解決法は

 今回のテーマである「在日コリアン女性の生きにくさ」にあらためて焦点をあててみましょう。ジェンダーや階級、人種、性的指向や障害の有無、国籍など、一人ひとりがさまざまな差異をもっていて、これが重なったところにそれぞれがいます。在日コリアン女性には「在日コリアン」と「女性」という2つのマイノリティ性をもっています。ジェンダー(社会的性差)と国籍とが一緒に問題になるような場面があった時、それは複合差別だと考えられます。「朝鮮人の女性は感情の起伏が激しく、気が強い」という言葉には、「朝鮮人」と「女性」に対する思い込みや偏見、「女性は受動的であるべき」というメッセージが含まれていて、女性の意思や意見を否定し、封じようとする力があります。さらに「日本の女性はそんな言い方はしない」というメッセージも感じさせます。

 民族や国籍に対する差別と同時に、女性としても「日本女性」と比べられ、劣っていると位置づけられている。これが在日コリアン女性の「生きづらさ」につながっています。私も含めて、人生の非常に多くの場面でつまづきや居心地の悪さを感じ、自尊心を失っていくように感じます。

 マイクロアグレッションは明確に差別だと言い切りにくい、微細な、何気ない言葉やふるまいです。だからこそ指摘しにくく、受けた人の心にいつまでも残ります。小さなダメージが日常的に積み重なった結果、人生に影を落とすほどの悪影響がある。まずはこうしたことを知ってほしいと思います。

 私たちにもできることがあります。まずは自分の知識を「常識」にせず、限界があることを認めること。メディアをチェックして、偏見やステレオタイプに気付いたら指摘するのも大切です。

 また、当事者はマイクロアグレッションに反論しにくいので、第三者として居合わせた時には「それはあなたの思い込みですよ」などと「待った」をかけるのも大事な役割だと思います。当事者が何とも思っていないように見えても、「社会のなかで特定の人たちを排除する意味をもってしまう発言」であることを伝えることは必要です。誰もがマイクロアグレッションの被害者にも加害者にもなる可能性があります。勇気をもって介入できる人が増えることで、日常のなかにある思い込みや偏見、ステレオタイプを少しずつでも減らせると考えています。

●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度は「社会的マイノリティに向けられるバッシングを考える」をテーマに5回連続で講座がひらかれた。

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