トラウマ体験がこころに及ぼす 長期的影響について 水木理恵さん
2026/02/05
国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2025年度の第2回講座は「トラウマ体験がこころに及ぼす長期的影響について」をテーマに医療創生大学の水木理恵さんに講演していただいた。その様子を報告する。
トラウマの定義 〜DSMとSAMHSA
私は大学教員と心理学の臨床と研究をしています。臨床家としては特に社会的養護の児童福祉施設に入所している子どもたちにカウンセリングをしてきました。
人は自分の辛い体験を話すことによって回復すると学びましたが、施設に勤務を始めた頃、私が出会った子どもたちは回復しているようには見えませんでした。そこで、改めてトラウマ理論を学び直して「トラウマを理解しないカウンセリングでは虐待で傷ついた子どもたちには何もできない」という結論に至りました。逆に言えば、トラウマを理解することでそれまでとは全く違う景色が見えてくるということです。
トラウマ体験には2つの定義があります。ひとつはDSMというアメリカの精神医学会が出している精神疾患の基準です。「実際に死にそうになる、深刻な怪我をする」「死にそうな怪我をすると脅される」「肉体的(性的)に傷つけられると脅される」という経験をしたり、他人が体験するのを目撃することです。この定義はベトナム戦争の帰還兵の話から発展してきました。
一方、新しい定義を出したのがSAMHSAです。「トラウマは出来事や状況の結果として発生し、身体的、情緒的に有害または命を脅かすもので、個人の機能や精神的、身体的、社会的、情緒的またはスピリチュアルな健康に長期的な悪影響を与えるものである」とあります。
DSMでは項目に当てはまればトラウマだと規定していますが、SAMHSAでは内容ではなく結果としてその人に長期にわたる社会的もしくは精神的な影響があればそれがトラウマになるとしています。
たとえば東日本大震災では多くの人が、津波を体験したり見たりしました。しかし全員にトラウマの症状が出たわけではありません。同じような経験をしても精神的に大きなダメージを受ける人と、そうでもない人がいます。つまり、重要なのは悪影響という帰結とそれをもたらした主観的経験であるということです。
対人トラウマ支援の難しさ
トラウマには「災害系」と「対人系」があります。災害系ではほとんどの人が災害に見舞われた人に同情します。
一方、「対人系」では難しくなります。その根源的な理由として「力の非対称性」すなわち加害者と被害者の力関係の強弱があります。加害者が権力者である場合、加害者側の話がまかり通っていくのです。
たとえば、家庭内で妻や子どもに暴力をふるっている男性がいるとします。悲鳴や物音で近所の人に気付かれても、「これは家庭の問題だから黙っていてください」と言うだけでいい。仮に近所の人が「でも暴力はだめだよ」と踏み込もうとすれば、今度は被害者である家族に「他人に余計なことを言うなよ」と黙らせます。それでもうまくいかないと、「被害者は嘘をついている」「自分で招いたこと」などと被害者の証言の信憑性をあげつらいます。そしてそれが受け入れられるのです。
一方、被害者は「自分がたった一人で抱えてきた重荷をいっしょに背負ってほしい」「私を支えて一緒に正義を求めてほしい」と他者に期待します。しかし多くの人はそれを求められると、重荷に感じます。
人間は「世の中は正しいことが通る世界だ」と思って生きていたいというバイアスが働く生き物です。ですからあまりしんどい話を聞くと重い気持ちになり、関わりたくないと思うようになるのです。その結果、被害者は失望し、もう一度傷つくことになります。
ACE研究から見えてきたこと
ACE(子ども時代の逆境体験)と成人後のリスク要因および病気との関連を研究したデータがあります。
カリフォルニア州の住民、一万人弱に対して、アンケート調査が行われました。半数以上の人が親の離婚や様々な虐待などのACEを経験していることがわかりました。4分の1が少なくとも2つ、6.2%が4つ以上のACEを経験していました。単独で起こることは少なく、多くの場合復数が同時に起きることはよく知られています。たとえば家で日常的に殴られている子どもは、口汚く罵られ、性的にも搾取され、さらに目の前で他の家族がわめき合っているというような状況です。
私がこの調査で気になったのは、ACE経験数の男女差です。ACE経験の数が0と1の場合は女性のほうが少なかったのに対して、数が増えるにつれて女性の経験者が増えていきます。具体的にいうと全体の6.2%が4つのACE経験をもっており、うち男性は3.9%であるのに対して女性は8.5%にものぼっています。社会的により弱い存在に、さまざまなな抑圧が押し付けられていることがわかります。
この調査ではACEと生活習慣との関連も調べており、ACEが多い人ほど、喫煙、肥満、アルコール依存、薬物使用などの不健康な生活習慣をもっていることもあきらかとなりました。また、ACEが4つ以上あるという人の半数が自殺未遂の経験があると答えています。性感染症の既往を持つ人も多く見られました。こうしたデータから、子ども時代にACE体験をしている人は、不健康な生活習慣を抱え、長期的にはその結果として虚血性心疾患や慢性気管支炎、肺気腫など死に至るような重い病気のリスクも高まるということが見てとれます。
不健康な生活習慣を変えるには、なぜ自分が健康によくないことをするのかを理解する必要があります。もしかすると、子ども時代の逆境体験すなわちトラウマが存在するかもしれません。
トラウマ体験の特徴と影響
トラウマ体験には特徴があります。強烈な恐怖を感じ、そのなかで「自分ではどうにもできない」「誰も自分を助けには来ない」と思います。自己統制力の喪失と孤立無援の感覚で、ここが非常に重要なポイントです。
強烈な恐怖に遭遇した時、人間は一瞬にして闘うか逃げるかを判断します。闘うことも逃げることも不可能だと判断した場合には、凍り付いて死んだふりをしてやりすごそうとするサバイバルモードに突入します。
また人間の機能は覚醒レベルに応じて「緑(安心)」「赤(闘争・逃走)」「青(凍りつき)」のゾーンに移行します。緑のゾーンでは言語的な関わりが可能ですが、赤や青のゾーンでは困難になります。赤や青のゾーンにいる人を緑に戻す方法は、その人を安心させることです。虐待された子どもに厳しい口調で指導すると、すぐに赤や青のゾーンに入ってしまい、話が聞けなくなったり固まったりします。指導の前に、まず安心できる関係性を築くことが不可欠です。
トラウマ体験、特に家庭内での虐待などを繰り返し経験することは子どもの脳や心の発達に深刻で長期的な影響を及ぼします。具体的には「注意力の低下」「行動のパターン化」「社会的スキルの欠如」「自己の未発達」などです。
児童養護施設で暮らす子どもが18歳になると、進学か就職かを決めなければなりません。しかし本人は自分が何をしたいのか、何が得意なのかまったくわからないということがあります。ずっといつ襲われるかということだけを考えて生きてきて、自分自身や将来について考える余裕も機会もなかったからです。こうした背景をもつ子どもに対して、学校などが一方的に「期限内に進路を決めろ」と要求するのは、非常に困難な課題を強いることになります。
強い恐怖体験の後に、心の反応に異常が生じる状態をPTSD(心的外傷後ストレス障害)といいます。診断基準として主に3つの症状があげられます。危険が去った後も常に神経が張り詰め警戒態勢が解けない「過覚醒」。ささいな刺激に過剰に反応し攻撃的になることもあります。思い出したくない記憶が突然フラッシュバックする「侵入症状」。意図せず記憶が繰り返しよみがえってしまいます。そして、トラウマを想起させる人、場所、状況を避ける行動「狭窄・回避」。トラウマを思い出すととても嫌な気持ちになるため、思い出させるような状況・事柄を避ける症状です。
通常の記憶は自分の意志で引き出しから取り出すイメージですが、トラウマ性の記憶はコントロール不能です。体験があまりにつらすぎたため言語化などの処理がされずに生々しいまま保存されています。心のゴミ箱にフタをして押し込めているような状態ですが、ゴミが処理を求めて出てこようとするため抑えきれずに突然現れるといったイメージでしょうか。
失われた自己〜実存的危機を生きるということ
最も危機的な状況で助けが得られなかった経験は、「人は信頼できない」という考えにつながり、他者を頼れなくなり孤立します。対人暴力の被害者は自分で自分を守れなかったという無力感に苛まれます。DVなどで何をしても否定され続けると「私は何もしない・できない人間だ」という認識が形成され、積極性や有能感が失われます。「自分は無力で価値のない人間だ」という認識を植え付け、生きる意味を見失わせます。
繰り返し起こる対人トラウマは、被害者が加害者の監視下にあり逃げられない「監禁」状態が前提となります。家庭は外部から介入しにくく、また内部から出て行きにくい「目に見えない障壁」を持っています。被害者は経済的、社会的な理由から逃げ出すことが困難です。
また被害者は現在の劣悪な環境と、そこから出た後の未知の環境を常に天秤にかけています。たとえば週2、3回酔っ払った父親に1時間殴られるけれど、家にはテレビゲームがあり、母親が世話をしてくれてご飯も食べられる。この家を出て、どんな人がいるかわからない児童養護施設に行くか。どちらも心の底から欲している状況ではありません。家を出ないからといってその家が良い環境であるとはいえません。被害者は常にこうしていくつかの望まない選択肢を比較し、悩んでいます。
さらに、助けを求める強い欲求と拒絶されることへの強い恐怖が共存しているため、相談に来ても提案された支援を受け入れないことがあります。助けてほしいという欲求と、断られたら完全に孤立しまうという心理的葛藤の現れとも言えます。
虐待を受けた子どもの心理にはいくつかの特徴があります。「自己評価が低い」「どうせ私なんか」「うまくいくはずがない」など、見捨てられることへの強い恐怖と他者への不信感が共存しているのです。施設職員などと信頼できる関係性を築くと、親との関係が上手くいかなかったのは「自分の親が駄目だった」と認めることになり、親を「捨てる」行為だと感じるため、新しい養育者とは、あえて親しくならないように努力することがあります。
もう一つの特徴が、感情です。特に負の感情の表現や認識が難しい一方、他者の怒りの兆候に過敏です。つらい気持ちを緩和するために、リストカットなどの自傷行為や薬の過剰摂取(OD)などに及ぶこともあります。
こうした子どもたちを支援する際には、留意すべき点があります。「死にたい」という言葉はたとえ軽く言っているように見えても本心であり、それだけ辛い状況にあることの現れだと私は受け止めています。「死にたい」という言葉の背景にある辛い気持ちを真剣に聞くことが重要です。自分で聞くのが難しい場合はためらわずに専門家につなぐべきです。自傷行為をしている人を見つけたら否定するのではなく、それほどつらい気持ちがあるのだなと心の痛みを理解しようとしてください。
心理的境界線を侵害するトラウマ
トラウマ経験とは、本質的に「自分」と「他人」を区別する心理的な境界線(バウンダリー)を侵害される/する行為です。健全な境界線は自分自身のことに責任を持ち、他者からの侵害を防ぎ、同時に自分も他者を侵害しないために不可欠なものです。
境界線の内側には自分の身体、心(気持ち、考え、行動)、持ち物、情報、個人的な空間などが含まれます。子どもは養育者と境界線がない共生状態から人生をはじめ、成長するにつれて境界線を学んでいきます。ここで健全な境界線を学ぶことが、後に他者との健全な関係を築くうえで欠かせません。不健全な境界線で育てられた人々はそれを他者にもあてはめてしまい、健全で友好的な人間関係の維持が難しくなります。正しい境界性感覚を学び直さねばならないため、そのためには支援する側の境界線感覚の健全性が非常に重要です。
傷つき経験は、個人の境界線を狂わせる主要な要因です。日常的に否定されたり、からかわれたり、望まないことを強要されたりすると境界線が侵害されていることを探知する能力が鈍化します。
居心地の悪さを感じてもそれを訴えて否定される経験が繰り返されると、自分に「大したことではない」「自分は平気だ」と嘘をついて感情を無視するようになります。この無視が習慣化すると他者から境界線を侵害されても気づかなくなります。逆に、自分が他者の境界線を侵害していることにも無自覚になる可能性があります。
この状態を修正するには、まず自分の境界線が他者から大事にされる経験が欠かせません。支援者はトラウマを抱えた人の境界線を尊重し、安全な環境を提供することが治療の第一歩となります。
トラウマからの回復が始まる時
これまでお話してきたように、トラウマを抱えた人に寄り添うためには画一的な対応ではなく、個別性を重視した治療的なアプローチが不可欠です。「一人ひとりに異なる人生があるように、一人ひとりに違う理由がある」という視点を持ち、その人の背景を理解しようと務めることが重要です。懲罰的なアプローチではなく、なぜそうなったのかと背景を見つめる治療的な視点が重要です。
トラウマを克服するには、つらい経験を言葉にして他者に語るというプロセスが必要です。たとえば失恋をした時、何人もの友人に泣いたり悪態をついたりしながら語るうちに辛さが薄れていくということがあります。語りを通じて経験は色褪せ、自分の人生の物語の中に収まっていくのです。辛い体験を共感的な支援者と共有し「もう一度人を信じても良いかもしれない」と思えるようになった時、回復が始まります。これらのトラウマ治療の要素を意識しながら、「この人は怖くないかも」と思ってもらえることを初期段階の目標の一つとして、支援を行っています。

