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 同じ地球に住む同じ人間同士でありながら、天災や病気、差別、政治的暴力などに苦しみ、死の世界に追いやられてしまった人たちがいる。そうした弱者に目を向け、彼らの発することのできなかった心の声や想いを、ジャーナリスティックな視点でカタチとして表現するアーティスト・井上廣子さん。井上さんの作業は、ひたすら彼らに自分自身を重ねあわすこと。もしかすると、その場に立たされるのは、あるいは、かつて立たされたのは自分自身だったかもしれないからだ。

生きていることは生かされていること アーティスト井上廣子さん

人間とは何ぞや

 井上廣子さんの作品は、どちらかといえば、重く、悲しい。たとえば、1997年の作品『不在の表象』は、「人と人を隔てる境界の内側と外側」をテーマとしたものである。精神病院の「窓」を外側と内側から撮影し、その写真を布に焼きつけて木わくに張り、内側から光を透すライトボックス仕立てにした10個あまりを床に整然と並べたものだ。社会というワクから排除された、今は亡き「不在者たち」の言葉にできない苦しみのようなものがひしひしと伝わってくる。
 また、1998年の作品『魂の記憶』は、阪神大震災による仮設住宅での老人の孤独死がテーマになっている。神戸の埠頭を背景に仮設住宅の鉄骨を組み立て、その中に並べられた4つのパイプベッドには、枕の位置に岩石が置かれ、胸の位置には看取られることなく逝った人のものであろう血液が黒く乾いている。同年7月での孤独死数は220名。ある評論家は「鉄のフレームを透過する光と空気が、日本の行政のもとに、この社会のもとに生きることの虚しさを伝えている」と評している。

「不在の表象」(1997年)

「不在の表象」(1997年)

 沖縄で2年間、染めと織りの技法を学んだ私は、当初、糸に加え石や鉄、樹脂などの素材を使って、タピストリーやランプをはじめ、公的な場所の壁面やホテルのロビーを飾るファブリックアートの美しい作品をいっぱい創っていました。でも、1995年1月の阪神淡路大震災以来、「はっきりと社会性をもった作品作りをしたい」と考えるようになったのです。
 震災直後、肉親の住む西宮まで、食物をつめたリュックを背負い、水をいれたポリタンクを抱えて歩きながら見た光景はあまりにすさまじくて、ただ呆然とするしかなかった。高速道路が分断し、新幹線の橋桁が落ち、古い木造家屋はぺっしゃんこ・・・。その後、家は建て替えられ、街もきれいになって復興といわれながらも、心の傷は癒されないまま。まして、多くの子どもたちがその傷を負ったまま成長していくことが耐えられなくて。その時、「自分は生かされたのかもしれない」と思うようになったんです。その後、神戸児童殺傷事件が起きて、ショックはさらに拡大していった。こうした事実が「人間の心」をテーマとした作品作りに向かわせ、「人間とは何ぞや」という問いに自分の中から近づいていければと、作家としてまず始めたのが精神病院の窓の内側と外側を写真に撮ることでした。

 全国の精神病院に手紙で主旨を伝え、許可がおりた病院に出向いてスタッフに気持ちを話し、病室のカギを借りて中に入り、多くの入院患者たちに話しかけてきました。やはり、目が向くのは同性の女性たち。「あなたはお子さんがいるんですか」「寂しくないですか」「どんな気持ちですか」と。たくさんの人に出会って、それぞれの生きざまに接し、外からだけでは分からない、内側から外を見る人の気持ちにふれて、今後、自分が作家としてどう生きていくべきなのかを学んできたのです。

「魂の記憶」(1998年)
「魂の記憶」(1998年)

 社会的に排除された人たちと一般人の「境界」ともいえる窓。窓の内側には、そこで生きる病む人としての希望や絶望、愛、祈りなどさまざまなものがうずまいている。しかし、窓1枚を隔てる内部と外部ではあまりに様相が違いすぎる。こんな境界があっていいのか、はたして必要なのか、管理ではないかという問いかけでした。
 並行して、六甲アイランドでの企画展に出品したのが『魂の記憶』。震災後の仮設住宅に通い、いろんなお年寄りの声を聞いて回りながら、もし震災がなかったら他の幸せな生き方があっただろう人々の痕跡をとどめておきたいと思った。震災で家族を失い、独りになって死んでいった人たちに「私たちは絶対にあなたのことを忘れない」というメッセージを送りたかったのです。常に、制作のベースになっているのは、「見えるものと見えないものとの関係」です。

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