老人たちのバランス感覚を呼び覚ました「遊びリテーション」
28歳からは3年間、理学療法士の養成大学に通う。病気や部位ごとの講義を老人一人ひとりの顔を思い浮かべながら聴き、介護現場の日常を思い返して「ああ、こうすればよかったのか」と納得していく日々。「面白くなくて痛いだけ」と老人には通用しなかった従来のリハビリテーションを考え直すきっかけにもなった。 理学療法士として再び特養で働くようになって、老人たちへのリハビリを試みるのですが、なかなか思うようにいかない。なんで寝たきりになるんだろうと彼らをよく観ていたら、動かせないんじゃなくて、動こうとしないんだと気づきました。医療には、できないことをできるようにする力はあるけれど、できることを行動につなぐ力がないんです。その理由を、学会では「本人の意欲が乏しいため」と言い訳してきたんですが、介護現場はそれをやらなきゃダメな場。老人たちが自分からやろうとする気持ちを引き出すにはどうすればいいのかを考えていたころ、信じられない出来事が起きました。 理学療法は筋肉を収縮して関節を動かせという世界ですが、リハビリだと痛いだけでますますやる気をなくしちゃう。だけど、気持ちが動けば、身体がついていくんです。老人の意欲を引き出す方法なんて、今まで誰も習っていなかったけれど、ゲームのなかだと無意識に、自発的に、リラックスしてバランス感覚を呼び覚ますことができると分かった。しかも、笑顔まで引き出してくれたんです。今では介護現場で当たり前になっている、遊びとリハビリテーションを組み合わせた「遊びリテーション」は、こうして誕生したわけです。 介護はサイエンスにはなり得ないけど、アートになり得る
1985年、34歳で特養を辞めてフリーに。「生活とリハビリ研究所」の看板をあげ、東京、大阪、広島で「生活リハビリ講座」を始めました。教科書的な既成の教育と違った手作り感覚を大切にした講座にと、そのキャッチフレーズは「生活リハビリの寺子屋」とか、「老人介護の寺子屋」。そこに来ていた人たちが中心となって、88年に広島で「オムツ外し学会」を立ち上げてくれた。病院からオムツをつけてきた老人を、素人の寮母がどんどんはずしていった体験を全国から集まって報告しようという学会です。続いて同じようにできたのが「チューブ外し学会」。どちらも参加資格はただひとつ、「先生と呼ばれないとムッとする人はお断り」でした(笑)。介護職が初めてつくった老人を寝かせきりにしない自前の方法論がこの「オムツ外し」「チューブ外し」であり、「介護」が「医療や看護」から自立していくひとつの象徴でもあったんです。 現在、講座の年間動員数は約7万人。これまでの介護に疑問をもった介護関係者が熱心に聴いてくれています。講座が好評なわけ? 現場の開き直りだと言ってます(笑)。講座は、自分の知っていることを人に教えていくという啓蒙的なかたちじゃなくて、自分がなぜそういう考え方になったか、こういう方法論を手に入れたのか、その認識の過程を語るというやり方。現場で経験、実感したことから離れないで、それを言葉にしていくという方法です。介護というのはまったく新しい世界ですから、教科書がない。それを何かに頼るのではなく、現場の実感から言葉をつくっていく作業です。だから、参加者は真似するんじゃなくて、それに追体験しててもらえればいい。「追体験しろよ」という意味なんです。 |