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2005/07/22
家庭科は「衣食住」を通して考えることのできる暮らしの哲学


「生きる力」とは、「人と関わる力」

南野さんの写真

家庭科での「生きる力」についてはいろんな人が語っていますけど、僕がとらえる「生きる力」とは「人と関わる力」。ただ話をするだけじゃなくて、行為で関わることがいちばん人を結びつけたり、動かしたりすると考えています。高齢者と接するにしても、おしゃべりをするだけではなく、料理を作って一緒に食べたり、洗濯を手伝ってあげたり、日常性活の中でお互い助け合える部分っていっぱいある。それをちょっとやってみようという意識だけでも持つ人が増えていってほしいですね。
今は家族でも孤立したりと人との関わりが減って、関わる力がものすごく弱くなっている。高齢者介護の問題にしても、家族以外の人が関りにくいなど、関わる力の弱さに一因があるんじゃないでしょうか。それらの基になるのが、生活面で気軽にものを作ったり、掃除したりする、家事力ではないかと思います。

今の子どのたちの大半は、家庭で生活に関わることなく育っています。でも、自分が生活するには、料理にしろ、掃除にしろ、自分のリズムがあって、そういう生活のリズムは、自分で実際に暮らしてみて初めてつかめるもの。リズムをつかめば、自分のリズムに合う働き方や、あるいはリズムに合うパートナー、生活設計なども見えてくる。
今の子はそれがないままに、とりあえず勉強して、社会にいきなり放り込まれ、会社の論理で動かされ、それが自分の生活だと思い込まされて、自分のリズムを崩しながら日常生活を送ってる。つまり誰かが決めた枠の中でリズムに無理矢理合わさせられて、それで自分の生き方がつかめない人が多いような気がします。毎日の時間の使い方や暮らし方を自分でコントロールする能力ができて初めて社会に出ていき、人と関わっていくってとても大事なことなのに、そこが決定的に欠けているのが今の社会。それを取り戻すには、家事しかないんじゃないか。そういう意味では家庭科はすごく重要な教科だと思います。

 

単位減少の危機にある家庭科

今、ゆとり教育の見直しなどで受験科目の授業を増やそうとして、家庭科も4単位ある「家庭総合」より、2単位の「家庭基礎」を採用する学校が増えてきています。家庭科がどういう意味で大事かが理解されないと、家庭科の2時間はもったいないので受験科目に変えてしまおうとなりかねない。家庭科は高校を卒業するともう学べない学科です。僕は社会に出てどんな職業に就こうと、まず「生活者」であってほしいんです。暮らしという視点を忘れず、自分の生きるリズムをもっていると、仮に世の中を動かすような立場になっても、バランスのとれた視点でいろいろな問題をクリアしていけるんじゃないでしょうか。

家庭科は受験と関係ないため軽視されがちで、家庭でも家事は面倒臭いことという意識がまん延している分野。僕の授業でも本に書いてあることだけを漫然とやってると軽視され、生徒もあまり振り向かないと思うので、自分なりの工夫はしています。今、自分たちが直面している問題やタイムリーな問題など響く教材を用意して、生徒に投げかけるんです。
僕自身でも不妊治療とか、出生前診断は悩んでしまう問題なのですが、不妊治療の成功率の低さや、少子化対策として国が行っているは援助の内容、あるいは、途上国では満1歳になるまでにたくさんの子どもが死んでいるという現状、その一方で、日本で重い難病をもつ子が1億円近い募金により海外で移植手術を受けざるを得ない現実。比較もできない、解答も出ないさまざまな問題を取り出し、それだけのお金があれば途上国の何人の子どもたちの命が救えるのか、こうした命の重さの違いはどう考えればいいのかなどを、自分ならどうするか、どう考えていけばいいか、みんなで話し合っていくといったような授業です。

 

だれもが自分らしく暮らせる社会へ

南野さんの写真 本来の教育は、生活をどう送るという基礎づけがしっかりあって、そこから自分は何を勉強し、将来こんな風に暮らしていこうと考えるのが、いい形のプロセスだと思います。だけど、今は発想が逆転している。英語や国語などは大事な教科ですが、それらはよりよく生きていくための「道具」なんですよね。まず、自分の人生の目的があって、その人生をよくし、人ともっといい関係を作っていくために使う道具なのに、その道具ばかりをどんどん身につけさせているのが今の教育。だから、子どもたちは一生懸命になれないんじゃないかと思う。「希望があるように見えない世の中で大学にいってどうするの」、「会社へ行ってお金をもらうことにどういう意味があるんだろう」など、人生そのものに意味が見出せない。閉塞感ばかりで、道具をうまく使えるようになっても幸せになれる気がしないと、懸命に勉強をしないですよ。学力低下は、その辺に原因があるんじゃないでしょうか。
自分を知って、自分の周りの人とコミュニケーションをしっかり取れるようになって、初めて社会とのコミュニケーションが取れるようになる。そうすれば自分の生き方も見えてくるだろうし、安定した人が増えてきて、社会も安定していくと思うんですけどね。
家庭科が男女共修になって11年。「共修元年世代」はもう26歳になり、結婚している人もいるはずです。彼らは今、どんな生活を送っているんでしょう。男女共修が新世代の家族や夫婦のあり方にどんな影響を与えているのか、具体的な形はまだ見えてきませんが、家庭科の授業で学んだいろいろな家族のいろいろな状況を思い起こし、自分たちらしい家族を考え、つくっていってくれたらいいなあと思います。

(2005年4月4日インタビュー text:上村悦子)

南野忠晴(みなみの ただはる)
1958年大阪府生まれ。81年より大阪府立高校英語科教諭。92年「家庭科教員をめざす男の会」を結成。93年から大阪府立少路高校家庭科教諭。2004年に大阪府立成城工業高校に転勤。NHK高校講座「家庭総合」講師。

※家庭科教員をめざす男の会
「男性家庭科教員を増やそう」という趣旨のもと、学校における家庭科教育の問題を教師と市民がともに考えようと設立された「We(うい)の会」などと共に運動し、会報なども発行していたが、現在、活動は休止中となっている。

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