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2004/03/03
仕事をつくって自立を支援~ホームレス自立支援の新しい試み~


仕事のある喜びと自信

ビッグイシュー日本版 5万部発行した創刊号はバックナンバーにプレミアがつくほどの反響で、完売した。3号からは7万部を発行している。「吸った煙草を捨てていた」という苦情もあったが、電話や投稿の大半が励ましの声である。滑り出しはかなりの好調といえるだろう。実際に販売している人たちの声を大阪駅周辺で聞いてみた。
58歳の男性は半日で30冊前後を売る。土木関係の仕事をしていたが、不況で失業した。現在はホームレス支援団体が運営する野営テントから大阪駅前まで、徒歩20分の道のりを通う。時間によってあいさつの言葉を変えたり放置自転車をきちんと並べるなどして、道行く人が気持ちよく通れるように気を配る。顔を覚え、通るたびに声をかけてくれる人もいる。「最初は恥ずかしかったけど、どんな仕事も一緒。やっぱり働いていると、精神的に落ち着く」と話す。
130人前後の登録者のなかには、ごくわずかだが女性もいる。54歳のある女性は平均して50冊前後を売る。以前は中華料理店を経営していた。店がつぶれ、よその店の雇われ店長になったものの、またしても倒産。身内からの借金も返せなくなり、ホームレスとなった。今はパートナーの男性と駅周辺で野宿しているが、できるだけ早く部屋を借りたいと考えている。その先には「また店をやりたい」という大きな夢がある。
37歳の男性は、ホームレスとなって2ヶ月ほど。建築会社で溶接の仕事をしていたがリストラに遭い、寮を追い出された。実家はあるが、彼を受け入れるゆとりはなく、やむなくホームレスに。支援団体の野営テントで販売員の募集を知り、登録した。販売の仕事は初めてで、最初はやはり戸惑った。しかし1日に40冊を売るようになった今、徐々に自信がついてきた。「いずれ仕事を見つけ、家族にも連絡をとりたい」と考えている。
53歳の男性は、ホームレス歴1年半。建築関係の仕事をしていたが、転職がうまくいかず、住む場所を失った。大阪城公園で野宿生活をした後、中之島の野営テントへやって来た。野営テントでは世話役的な仕事をしていたが、自分自身も自立したいと販売員に。「歩いている人に買ってもらうのは難しいよ」と言いながらも、平均40冊は売る。お金を貯めて部屋を借り、生活保護を受けながら求職活動をする。自立へ向けての具体的な計画が立てられるようになったと喜ぶ。
水越さんによると、約130人の登録者のうち、毎日売る人は半数ほど。最初の一週間をがんばれるかどうかが分かれ目だという。「販売業の経験がないということもあるでしょうが、ホームレスになってから一般人との接触や交流がなかったことが大きいですね。人に対してちょっと引いてしまうところがあるうえに、声を出して物を売るということで、かなりプレッシャーはきついと思います」。こうしたプレッシャーに対しては、ボランティアが巡回して声をかけたり、月に一度は開く全体の交流会で情報交換や売り上げのいい販売員のアドバイスなどが受けられるようにするといった形でサポートしている。

ホームレスと社会との距離を縮める存在に

水越洋子さん ホームレスの自立支援としても、雑誌としても、『ビッグイシュー』はまずまずのスタートを切ったといえるだろう。けれど、平均日収が約4,000円では完全な自立は難しいし、雑誌が広く認知されるかどうかも今後の内容次第だ。自立や社会復帰への第一歩となり得るのか、どれだけ固定読者をつかめるのか、これからが正念場なのである。
しかし、それでも『ビッグイシュー』が日本で誕生した意義は小さくない。社会から疎外されているホームレスの人たちと市民との交流が生まれ、働く喜びと自信を取り戻しつつある人がいるのだから。水越さん自身、実際にホームレスの人たちと密接に関わることで見えてきたものがあるという。
「一般社会とホームレスの人たちとの心理的距離って、すごくありますよね。私自身もそうでした。ホームレスに至るまでにさまざまな事情があるということを頭ではわかっていても、実際にはどこか理解できていなかった。編集部によく電話がかかってくるんですけど、やっぱり“どうして若いホームレスの人たちは仕事がないのか”“本当にやる気があるのか”と言われるんですね。つい、“やる気があれば何とかなるはずだ”と思うんです。でもそんなに簡単な話ではないということが、ものすごくよくわかりました。いったん住所をなくしてしまうと、本当に社会からはじき出されてしまう。生活保護だって住所がないともらえない。ホームレスになるのは簡単だけど、なってしまえばなかなか戻れない。そのリアリティをひしひし感じました。そうなる前に何とかすべきだと思われるかもしれませんが、ほとんどの人がギリギリまで他人に助けを求めません。借金があってもリストラされても、“また仕事があるかもしれない”“いい大人が福祉事務所なんて”と、自分で何とかしようとするうちに、家を出なければならなくなってしまうんです。私は、社会に人生の再スタートのチャンスが何度でもあることがすごく大事だと思うんです。誰にとっても。でも今の日本は、一度失敗するとなかなか取り戻せないですよね。『ビッグイシュー』が敗者復活のひとつのきっかけになればいいなと思います」
ホームレス問題は他の国々でも課題となっている。ニューヨークでは、賞味期限切れ直前の食品を無償で譲り受け、ホームレスの人たちがコックになるための職業訓練コースをつくっている団体もある。水越さんたちも、いずれはそれぞれの専門技術や得意分野を生かした就労ができるよう、社会復帰に向けて多様なトレーニングの機会をつくりたいと考えている。
大阪で始まった『ビッグイシュー』の販売は、京都、神戸へと広まり、3号からは東京での販売もスタートした。ホームレスの人々をパートナーとするこの試みの行方を見守っていきたい。

●お問合せ・購読申し込み先

ビッグイシュー

有限会社ビッグイシュー日本
〒530-0003
大阪市北区堂島2丁目3-2 堂北ビル4階
Tel.06-6345-1517/Fax.06-6457-1358

ホームページ:http://www.bigissue.jp

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