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2005/07/08
書くちからは、生きるちから ~横浜・寿町の識字学校にて~



――街の住民の高齢化などによって識字学校に来る人は減ってきているとのことですが、不登校やひきこもり、高校中退など、若い世代にも「読み書き」から離れる、離れざるを得ない人が増えているように思えます。

確かに、不登校や高校中退する子どもたちは増えています。分数の足し算や引き算ができない子どもたちが、高校全入ということで「とにかく入っておけ」と入学させられる。しかし授業がわからないからたちまち行き詰まるわけです。彼らは十分に読み書きができるとは言えないと思うんですよ。名前と住所ぐらいは書けても、「思ったことを書いてください」と言われて、サーッと書くような人はいない。けれども何も考えていないわけじゃなくて、本当は何年もいろんなことを考え続けているはず。その中身はやっぱり「人間」のことじゃないかとぼくは思う。今、元ひきこもりの青年たちが3人4人と集まって、ぼくと一緒に識字をやっています。文章を書ける子は出てくるんですが、かけない子はなかなか出てこない。どう働きかけていくかが難しいところです。
寿に来る人たちは読み書きのできないところで考え続けながら、読み書きができないのを知られるのが怖くて人間関係を切って生きてきました。ひきこもりや高校中退をしている若い人たちが大事な思春期に人間関係を切って生きてきたこととよく似ていると思います。文字の読み書きができなかった人が、読み書きを覚えることで人との関係を新しくつくってきたように、ひきこもりの青年たちが表に出て自分の考えてきたことを表現することによってまた人との関係をつくっていくのではないでしょうか。

――寿識字学校には大学生もくるとか。何を求めてやって来るのでしょうか。

マークシート式の答案や小論文はきちんと練習して書ける。そして大学に入ったけれど、いざ入学してみると何もすることがないという人がいるんです。大学で何を学ぶかを考えず、大学という目標をひたすら追いかけてきたんですね。無気力に陥ってひきこもる人も少なくないようです。
外国、特にアジアへ行くとみんな元気になりますね。「生きる」ということを目の当たりにするのでしょう。識字のことなんて知らないから、タイやインド、バングラデシュで成人の識字教室を知り、おとなが読み書きを習う姿にビックリすると同時にパワーをもらう。帰国してから日本の識字のことを調べて、ここを訪ねてくるんです。

――衣食住が満たされて、学校にも行ける。でも生きるパワーが枯渇してしまって、物理的には貧しいアジアの国の人たちからパワーをもらうというのは皮肉ですね。

学力のエネルギーをギリギリまで使って大学に合格したのはいいけど、さあこれからという時にはエネルギーが残っていない。アジアの国々へ行って「こういう生き方があるんだ、こんな人たちがいるんだ」ということを知って、少しずつ今度は自分でエネルギーを蓄え始めるのだと思います。
生きるエネルギーというのは、人と出会うことによって得られるとぼくは考えています。日本の若い人たちは、小さい頃から自分と同じような環境にいる人間ばかりと出会ってきていますが、ぼくはそれを「出会い」とはあまり言いたくないんですね。経験も文化も違う人たちと「出会う」ことに意味があると思う。
「出会う」と「知っている」とは違います。出会った人の生き方に触れて、「そういう生き方があったんだ」「そんなふうに生きてきたのか」と感動できるかどうか。それは学校教育をどれだけ受けたかということとは関係ないのです。


この日、寿識字学校には二人の男性が出席した。ともに久しぶりの参加だという。大阪から取材に来たと言うと、一人は「仕事でしばらく大阪に住んでいた」と行きつけだった居酒屋の名前を教えてくれ、もう一人は「姉が大阪にいたことがある」と話してくれた。あとは黙々と字を書いている。あとで大沢さんが「二人とも大阪に関わりがあったとは。ぼくも初めて聞いた話です」と教えてくれた。邪魔をしないよう気を遣ったつもりだったが、実は気を遣ってもらっていたのだとわかった。勘性とはとても繊細な感覚で、受け取る者の人間性が試される。あるいは文字を自在に使いこなし、物事を知っているつもりになっている驕りが心を曇らせているのか。部落解放運動のなかから生まれた日本の識字は、在日朝鮮人一世、障害のある人、働くために日本へ来た外国人へと広がり、今はひきこもりの若者たちを支えようとしている。大沢さんは、識字に関わる教師たちが、識字の現場に学校教育をもちこむ現状を危惧する。言葉では表現しきれない差別に向かっていく力、生きるエネルギーを生み出す「識字」を今も多くの人が必要としている以上、関わる人の姿勢も問われる。

(3月18日取材 text:社納葉子)

『生きなおす、ことば 書くことのちから ――横浜寿町から』/大沢敏郎著 太郎次郎社エディタス 1800円+税
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プロフィール
1945年、岐阜県に生まれる。出版社勤務を経て、1980年より、日本の三大簡易宿泊所(ドヤ)街のひとつといわれている横浜・寿町で、十分な学校教育を受けることのできなかった人たちとの識字実践活動を始め、現在に至る。

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