ふらっと 人権情報ネットワーク

ふらっと教室



さまざまな感染症と人権

2023/04/10


このページでは、大阪同和・人権問題企業連絡会の協力により、
さまざまな感染症と人権の概要や歴史等を紹介します。

1.はじめに

2.感染症とは

3.感染症の歴史

4.主な感染症と人権との関わり

5.おわりに(私たちができること)

【制作協力】大阪同和・人権問題企業連絡会

1.はじめに

2019年12月に中国の武漢で最初に確認された新型コロナウイルスは、その後短期間に世界中に感染拡大し、2023年1月末現在、6億人以上の感染者(600万人以上の死者)(米 ジョンズ・ホプキンス大学の発表)を出し、今もなお感染拡大は続いています。感染し発症した人は、軽症でも発熱や咳、喉の痛みなどが見られ、重症化すると肺炎を発症し、高齢者や基礎疾患のある人を中心に多くの死者が出ました。治っても後遺症に悩まされる人も少なくありません。ウイルスが強い感染力をもつことから、感染の有無に関わらず、全ての人がマスク着用や外出自粛などの不自由な生活を強いられることになりました。

しかしながら、コロナウイルスが我々の社会にもたらした影響は、これだけにとどまりません。感染者とその家族、さらには医療・介護従事者や流通関係者などエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちへの差別や排除、行動制限を守っていない人を過剰に非難する「自粛警察」のような言動、さらにワクチンを打たない人への誹謗中傷など、さまざまな差別・人権問題が発生しています。貧困や格差の拡大による社会の分断を背景として、感染症をきっかけに人権に関わる多くの課題が浮き彫りになっています。

古くは、紀元前からあるとされるマラリア、中世のペスト(黒死病)、近世の天然痘や結核、比較的最近のスペイン風邪やHIVなど、感染症は、目に見えない恐怖を人類に投げかけ、多くの差別や人権問題を引き起こしてきました。感染症の歴史は、人権が危機にさらされた歴史といえるかもしれません。

これまでの世界の感染症の歴史を振り返り、その中で特に人権との関わりで多くの問題が見られた主要な感染症を取り上げ、私たちが、感染症と闘いながら人権を守るために何ができるのかを考えてみたいと思います。

2.感染症とは

感染症とは、病原体(病気を起こす小さな生物)が体に侵入して、症状が出る病気のことをいいます。病原体は大きさや構造によって細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などに分類されます。病原体が体に侵入しても、症状が現れる場合と現れない場合とがあります。感染症となるかどうかは、病原体の感染力と体の抵抗力とのバランスで決まります。

日本における感染症の定義は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」第6条に規定されており、「新型インフルエンザ等感染症」の中に、新型コロナウイルス感染症が含まれています。

病原体が体の中に侵入する経路には、大きく分けて「垂直感染」と「水平感染」の2種類があります。垂直感染とは、妊娠中、あるいは出産の際に病原体が赤ちゃんに感染することをいい、一般的に「母子感染」といわれています。風疹やトキソプラズマ、B型肝炎などが垂直感染を起こします。また、水平感染とは、感染源(人や物)から周囲に広がるもので、大きく分けて、接触感染、飛沫感染、空気感染、媒介物感染の4つに分類することができます。

水平感染の特徴.jpg

《国立研究開発法人 国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンターHPから引用》

世界保健機関(WHO)は、感染症対策として1970年代に天然痘根絶活動を行い、1980年には天然痘世界根絶宣言を出すことができました。新型インフルエンザ、エボラウイルス病などの感染症対策においては「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を発出し、世界各国に対し、協力を要請しました。近年では、新型コロナウイルス感染症に対し、同じく緊急事態を宣言し、パンデミック(世界的大流行)との認識を表明したことは記憶に新しいところです。

3.感染症の歴史

人類は、紀元前の昔からさまざまな感染症と闘ってきました。原因も治療も十分に確立されていなかった時代には、感染症のパンデミックは歴史を変えるほどの影響を及ぼしてきたといえるでしょう。

今から約1万年前、人類の中に農耕・定住を始める集団が登場します。彼らが築いた集落は、穀物、豚やイヌ、鶏などの家畜を育みました。その一方、集団が密集して暮らすスタイルは病原体の温床になりました。家畜からヒトへ、そしてヒトからヒトへとうつる感染症が猛威を振るいます。集落は必ず「水」のある地域に作られたので、水を介して広がる感染症も流行りました。水辺に繁殖する蚊が媒介する「マラリア」は、農耕の開始と同時期に流行が始まったといわれています。

紀元前3000年頃から世界各地で文明がおこり、人間社会が急成長します。大都市建設と人口増によって、コレラ、赤痢、チフスなど、排泄物によって伝染する消化器病系の感染症が流行しました。交易が盛んになり、シルクロードを通って多くの感染症が人や家畜とともに運ばれ、免疫を持たない地域では急拡大しました。世界中で人口増と都市の過密化が進み、14世紀にはペスト、16世紀には梅毒、1718世紀には天然痘、19世紀はコレラと結核による大流行「パンデミック」が起きました。人が過密する大都市は、病原体にとって生存し易い環境だったのです。日本でも、奈良時代の「日本書紀」には天然痘の流行の記録が、平安時代の「源氏物語」、「平家物語」には、マラリアらしき病気の記録が残されています。これらの記録は都の建設、外国と交易が盛んな時代に、日本でも感染症が蔓延したことを物語っています。

感染症の歴史を振り返るとき、18世紀頃まで未知の感染症が発生したときに人びとがとる行動は、古今東西で共通していました。それは、

  • 逃 避 : 病人がいる場所、病気が蔓延する場所から安全な場所へ逃避。
  • 犯人捜し: 原因はきっと誰か悪人の仕業であると思い込み、身の回りで疑わしき人を悪魔に仕立てて迫害する。
  • 反 省 : この災難は神が与えた天罰であり、神から反省を要求されたと思い込み、神に祈りつつ、自らの生活を反省、場合によっては過激な贖罪行動に走ったりする。

    病原体は目に見えないので、どこに存在するのか、どこから来るのかが全く分からず、その不安や恐怖を解消するために、目に見える動物や人を迫害する行動に出ました。

    19世紀になって、まだ病原体の姿こそは見えないものの、感染様式の注意深い観察によってある程度推測され、その対策としてのワクチンや伝播の遮断などが効果を発揮するようになると、感染への不安感は多少和らぎました。また、20世紀に入って微生物学が急速に発展すると、病原体が顕微鏡や電子顕微鏡で見えるようになり、科学的対策や技術の向上で、既存の感染症はさらに減少していきました。

    <世界を脅かしてきた主な感染症>

    世界の感染症.jpg

    4.主な感染症と人権との関わり

    以上のように、人類はこれまで数多くの感染症と闘ってきました。ここでは、その中でも代表的な3つの感染症を取り上げ、それぞれの症状や感染の状況、そして人権との関わりについて紹介します。

    (1)ハンセン病

    ハンセン病は、らい菌という抗酸菌が起こす慢性の感染症です。この菌は、1873年ノルウェーのアルマウェル・ハンセン博士によって発見されました。いまだに人工培養に成功していない細菌であり、また、末梢神経に入り込む唯一の細菌です。発病力はきわめて低く、また現在用いられている「多剤併用療法」を実施すると、数日中に感染する力を失います。主にハンセン病におかされる体の部位は、皮膚、末梢神経、前眼部など体表面であり、被服に覆われない部位に障がいが現れやすいことも、偏見・差別を助長した原因と思われます。古くからの偏見を払拭する目的で、1996年の「らい予防法の廃止に関する法律」施行後は、菌の発見者であるハンセン博士にちなんで「ハンセン病」という呼び名が用いられることとなりました。

    ①感染症の状況

    ハンセン病の歴史は紀元前に始まり、日本では、「日本書記」や「今昔物語」に「らい」の記述があり、鎌倉時代には奈良に日本最古の療養施設が開かれたという記録が残されています。そして、19世紀後半になると、ハンセン病はコレラやペストと同じような恐ろしい伝染病と考えられるようになりました。病気の進行に伴い、顔や手足などの目立つところが変形したり不自由になったりすることから有効な治療薬が開発されるまでは「不治の病」であると考えられていました。また、同一の家族内で発病することがあり、遺伝病との誤解を受けることもありました。政府は、1907年に「癩予防に関する件」として法律を制定、その後、従来の法律を改めて、1931年に「癩予防法」を成立させ、強制隔離によるハンセン病絶滅政策のもと、国立療養所を全国に配置し、在宅の患者を強制的に療養所へ入所させました。(1953年一部改正し、「らい予防法」を制定。)患者を強制的に隔離させたことから「強い感染力をもった恐ろしい病気」であるといった誤ったイメージが定着してしまったのです。治療薬については、明治時代以降、大風子油が用いられていましたが、効果はあまり期待できませんでした。1943年にアメリカで「プロミン」がハンセン病に劇的な治療効果をもつことが確認され、日本では第2次世界大戦後に治療に使用されました。現在では、いくつかの飲み薬を組み合わせる多剤併用療法が行われ、ハンセン病は確実に治癒する病気となっています。

    ②人権との関わり 

    ハンセン病患者は、療養所に入所してからも、家族に迷惑をかけないようにと実名を捨て、偽名を名乗る人もいました。また療養所内では断種政策が行われていたため、結婚しても子どもを産むことが許されない、また、家族や故郷とのつながりが途切れてしまったため、病気が治っても親や兄弟姉妹と一緒に暮らせない、故郷の墓に埋葬してもらえないといったこともありました。また、各県が競ってハンセン病患者を見つけ出して強制的に入所させる「無らい県運動」が行われる中で、保健所がハンセン病患者の住居を大掛かりに消毒したことにより、ハンセン病患者の家族たちへの偏見、差別もさらに高まりました。近所付き合いから疎外され、結婚や就職を拒まれたり、住み慣れた土地から引っ越しを余儀なくされることもありました。

    ハンセン病患者の隔離政策が終わったのは、「らい予防法」が廃止された1996年です。1998年に入所者などによって、らい予防法違憲国家賠償請求訴訟が提起されました。「らい予防法」は日本国憲法に違反するものであるとして国家賠償を求める裁判を起こし、2001年には、原告の訴えを認める判決が熊本地裁から出されました。国は控訴断念を決めるとともに、患者、元患者に謝罪しました。その後、「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が施行され、補償金の支給や名誉回復がはかられることとなりました。さらに、2019年には、ハンセン病元患者の家族に対しても、隔離政策によりきわめて厳しい偏見・差別が存在したことを国が認め、謝罪しました。「ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律」が施行され、補償金の支給や名誉回復がはかられることとなりました。

    90年にもわたる誤った国の政策によって「ハンセン病は恐ろしい、治らない」という認識が人々に植え付けられ、今なおハンセン病に対する偏見や差別は根強く残っています。隔離政策が終わってからも、高齢であることや後遺症による身体障がいがあり介護を必要とする人が多くいることから、療養所を出て生活することが困難になっています。また、療養所で亡くなった人の遺骨の多くが、各療養所内の納骨堂に納められています。

    ハンセン病療養所で生活されている方々の過去の時間を取り戻すことはできませんが、これからの生活への支援は、私たちに課せられた重要な課題です。ハンセン病について正しい知識を身に付け、理解することで、偏見や差別をなくすことにつながります。 

    らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の碑(厚生労働省正面玄関前に設置)

    らい予防法の碑.jpg

    「ハンセン病の患者であった方々などが強いられてきた苦痛と苦難に対し、深く反省し、率直にお詫びするとともに、多くの苦しみと無念の中で亡くなられた方々に哀悼の念を捧げ、ハンセン病問題の解決に向けて全力を尽くすことを表明する。平成236月 厚生労働省」

    (2)エイズ

    エイズとは、後天性免疫不全症候群(Acquired Immuno-Deficiency Syndrome)のことで、HIVHuman Immunodeficiency Virusヒト免疫不全ウイルス)に感染することによって免疫機能が低下して発症する病気です。HIVとは、ヒトの体をさまざまな細菌、カビやウイルスなどの病原体から守る(免疫)のに大変重要な細胞である、Tリンパ球やマクロファージ(CD4陽性細胞)などに感染するウイルスです。HIVは、性的接触に留意すれば、日常生活で感染する可能性はほとんどありません。また、治療法の進歩により、仮にHIVに感染したとしても、早期発見および早期治療を適切に行うことで、エイズの発症を予防し、他人への感染リスクも大きく低下させることができます。しかし、正確な情報が十分には伝わっておらず、原因不明で有効な治療法がなく死に至る病であった時代の認識にとどまっている場合が少なくありません。そのことが、感染を心配する人たちを検査や治療から遠ざけ、偏見や差別を招く一因となっています。

    ➀感染症の状況

    世界では1981年に初めてエイズ患者が報告されました。2020年末現在、世界のHIV陽性者数は3,770万人、新規HIV感染者数は年間150万人、エイズによる死亡者数は年間68万人となっています。全HIV陽性者のうち2,540万人が抗HIV治療を受けており、年間死亡者数は最も多かった2004年の170万人から約60%減少しています。

    2020年時点で、全HIV陽性者のうち約8割の人が自身の感染を知っており、自身の感染を知っている人の中の約8割が治療を受けており、治療を受けている人の中の約9割がウイルス量の抑制がされていると推計されています。

    主な感染経路には、(1)性的接触、(2)母子感染(経胎盤、経産道、経母乳感染)、(3)血液によるもの(輸血、臓器移植、医療事故、麻薬の静脈注射など)があります。つまり、血液や体液を介して接触がない限り、日常生活ではHIVに感染する可能性は限りなくゼロに近いといえます。唾液や涙などの分泌液中に含まれるウイルス量は存在したとしても非常に微量で、お風呂やタオルの共用で感染した事例は今のところ報告されていません。このように、HIVは体外に出るとすぐに不活化してしまう程脆弱なウイルスです。

    ①人権との関わり

    HIV感染症に対する誤った知識や偏見から、感染を理由とした就職拒否や介護・福祉サービス提供拒否などの人権侵害が起こっています。HIVは、陽性者と一緒にいるだけで、また日常生活の中では感染することはありません。主な感染経路は性行為で、誰もが感染する可能性がありますが、コンドームを使用するなど正しい知識をもって行動することで、感染を防ぐことが可能です。また、HIVに感染しても、現在では医療の進歩により、治療を続けながら感染する前と同じ生活を続けることが可能です。一人ひとりが正しい知識をもち、HIV陽性者が安心して学び、働き、生活できる社会を築くことが必要です。

    4.jpg

    レッドリボン普及運動

    レッドリボンはエイズを正しく理解し、偏見や差別をもっていないという自己メッセージを表現するもので、今、世界的な広がりを見せています。

    HIV感染者およびAIDS患者新規報告数の年次推移、1985年~2020

    image006.jpg

    (厚生労働省エイズ動向委員会:2020年エイズ発生動向年報)

    (3)新型コロナウイルス感染症

    2020114日、WHOは、前年の12月末に中国・武漢市で発生した肺炎の原因を新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)(病原体の名称)と特定しました。ウイルスの遺伝子配列からコウモリのコロナウイルスを祖先にもつと考えられていますが、一部の配列が希少動物「センザンコウ」のコロナウイルスと似ているという報告があり、過去に2種類の動物コロナウイルスが遺伝子組み換えを起こした可能性が考えられています。実際にどのような経緯でこのウイルスが人類に感染するようになったのかは明らかになっていません。

    ①感染症の状況

    急速に世界に広まった新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、世界は同時不安に陥りました。ヒトからヒトへの伝播は咳や飛沫を介して起こり、特に、密閉・密集・密接(三密)の空間での感染拡大が頻繁に確認されています。高齢者や心臓病、糖尿病などの基礎疾患を患っていた人では、重症の肺炎を引き起こすことが多いが、20歳から50歳代の人でも呼吸器症状、高熱、下痢、味覚障害など、さまざまな症状が見られました。子どもへの感染も頻繁に確認されますが、軽症もしくは不顕性であり、子どもを介した高齢者への伝播が問題視されました。ウイルスは増殖や感染を繰り返す中で変異していくものであり、それが、アルファ株、べータ株、ガンマ株、デルタ株、オミクロン株、グリフォン株、ケルベロス株などに変異していきました。2023年1月までに世界で感染が確認された人は66千万人(うち日本3,200万人)、死亡者は670万人(うち日本65千人)にのぼっています(米 ジョンズ・ホプキンス大学の発表)。有効性の高いワクチンが次々と開発され、前例のないスピードで人への接種が実現し、先進国を中心に接種が進められる一方で、多くの途上国では、ワクチンの確保や接種開始のめどが立たないというワクチン格差が浮き彫りになりました。

    ②人権との関わり

    3つの密を避けましょう.jpg

    2020年1月15日に日本国内ではじめて感染者が確認されました。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、感染対策として、政府が緊急事態宣言の発令を発表し、マスク着用、フィジカルディスタンスの確保、テレワークやオンライン会議などの働き方の推奨、飲食店やイベント参加などにおける感染対策の徹底など、私たちの生活様式は様変わりしました。そんな中、国内でもさまざまな人権侵害が生じました。

    ・差別の問題が最初に表面化したのは、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の医療関係者でした。診療にあたった医療関係者やその家族に対して差別的な言動が発せられました。

    ・感染症の治療にあたった医療関係者が「バイ菌」扱いをされ、また、医療関係者の家族が、登園や出勤を見合わせるように求められたり、会社を辞めるよう迫られたりするケースもありました。

    ・集団感染が発生した社会福祉施設に、集団感染の公表後、施設へのいたずら電話や施設職員の家族に対して感染発生に関する苦情電話が相継ぎました。

    ・感染拡大地域に仕事で往来する運送業に携わる保護者に対し、学校長が児童・生徒の自宅待機を要請しました。

    ・インターネット上の掲示板やSNSには、感染者に対する誹謗中傷やバッシングのほか、個人情報を特定するような書き込みや、顔が分かる写真が挙げられ、非難がエスカレートし、地域から排除するような言葉も次々に書き込まれました。そして、それをシェアしたり、さらに書き込んだりする同調者も現れました。

    ・自粛要請期間中に、自粛に応じない店に嫌がらせをしたり、流行が拡大する地域から帰省した人へ暴言を吐いたり、県外ナンバーの車へ「出て行け」「来るな」と書かれた紙を貼ったりする人があらわれ、『自粛警察』という言葉が生まれました。

    ・健康上の理由で長時間マスクを装着することが困難な人が、周囲から事情を理解されず「わがまま」「迷惑」とみなされ、雇い止めになった例もあります。

    ・感染状況の収束への期待によるワクチンの接種推奨などから、接種を選択しなかった人に対する差別や偏見が生じました。

    ・外国人の訪問が多い観光地にある店舗が中国語で書かれた「中国人入店禁止」の貼り紙を掲示しました。

    新型コロナ流行による人権侵害の影響は経済や産業、雇用などあらゆる分野に及んでいますが、雇用の不安定さや低賃金、社会保障の脆弱性などにコロナ禍が追い討ちをかけるかたちになりました。外国人や 非正規労働者、障がい者や子ども、女性など、マイノリティや社会的弱者がとりわけ困難な状態に置かれました。非正規労働者を中心に深刻となっている解雇・雇止めなどによる失業者の増加、母子世帯の貧困の問題、生活の困窮による債務の増大、特に女性や若年者の自死の増加、「ステイホーム」の中でのドメスティックバイオレンスの増加など、もともと存在していたマイノリティに対する差別がコロナ禍によりさらに助長され顕在化しました。

    7.jpg

    5.おわりに(私たちができること)

    これまで見てきたように、人類の歴史上、感染症に伴う差別は繰り返し行われてきました。14世紀にヨーロッパでペストが流行した際、「ユダヤ人が井戸に毒を入れた」とのデマが広がったことからユダヤ人排斥が激化し、多数のユダヤ人が殺害されたといわれています。

    日本でも、2003年、熊本県の温泉ホテルで、ハンセン病の元患者団体が宿泊を拒否される事件が起きています。残念なことに、既に治療法が確立し、何年も前に完治されていた方々に対しても、根強い偏見が残っていたのです。感染に対する畏怖や不安から生じる差別意識を、私たちはどうやって克服すればよいのでしょうか。

    まずは、自分も差別する側になる可能性があることを自覚することです。過去の歴史に学び、日々起きているニュースにも目を向け、自らの内にある偏見や差別に気づくことが第一歩です。また、感染症は誰でもかかる可能性があることを理解する必要があります。感染した人を非難するのではなく、自分もいつ感染してもおかしくないのだということを前提に行動しましょう。そして、感染症にまつわる多くの情報への冷静な対処も重要です。無責任な流言飛語に惑わされることなく、真偽のわからない情報は決して拡散させないようにしましょう。

    ご存知のように、現代は新聞やテレビなどのマスメディアの発達に加え、SNSが急速に普及し、フェイク情報(偽情報)が瞬時にして世界中に拡散していきます。情報を適切に判断し正しく取り扱う能力(情報リテラシー)を高め、少なくとも自分がデマの発信者にならないように心がけたいものです。

    新型コロナウイルス流行がリモートワークを普及させたように、感染症は社会を変えていく要因にもなります。古代ローマでは、感染症対策により、都市に水路が建造され、上下水道の分離が進んだといわれています。

    これからも、人類を脅かす感染症が地球上からなくなることはありません。私たちは、正しい知識をもち、人権を守りながら、感染症と適切に共存していくことが求められています。

                    

    参考資料・出典

    ・「感染症と人権」内田博文(解放出版社)

    ・「図解 感染症の歴史」石博之(KADOKAWA

    公益社団法人 日本WHO協会 ホームページ

    ・岡山県パンフレット「ハンセン病のこと正しく知っていますか?」

    人権ライブラリー ホームページ 
    「人権を学ぼう」コーナー HIV感染者等 

    HIV検査・相談マップ ホームページ

    「感染症と人権」(熊本学園大学水俣学研究センター『水俣学研究』第11号、2022年)
    熊本学園大学社会福祉学部 矢野治世美