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すべての人にやさしいピクトグラム ~進化する多様性へのみちしるべ~

2024/05/14


このページでは、大阪同和・人権問題企業連絡会の協力により、
「すべての人にやさしいピクトグラム」の概要や歴史等を紹介します。

1.ピクトグラムとは
2.ピクトグラムの歴史
3.国際標準と各国で異なるピクトグラム
4.障がい者についてのピクトグラム(マーク)
5.ピクトグラムの普及と今後の展望

【制作協力】大阪同和・人権問題企業連絡会



1.ピクトグラムとは

「ピクトグラム(pictogram)」とは、情報を伝えたり注意を促したりするために表示される案内記号のことで、「絵文字」や「絵単語」などと訳されています。言語や文字ではなく、人間の動作や物などを簡略化した図記号で表現されており、一般の人は勿論のこと、小さい子どもや外国の方、あるいは高齢者や障がいのある人でも内容を直感的に理解することができる情報⼿段です。ひと⽬で意味がわかるため、現在では、さまざまな人たちが利用する公共の施設などでユニバーサルデザインとして幅広く使用されています。

JIS(日本産業規格)の場合


言葉に頼らないピクトグラムのメリットとして、

  1. ①文字が読めなくても理解しやすい
  2. ②単純化された絵柄なので遠くからでも認識しやすい
  3. ③「赤=禁止」など、色によって感覚的に認識できる

などを挙げることができます。


ピクトグラムでは、使用される色や形に一定の意味合いがあります。

色彩   形(単色表示)
 
防火
禁止
危険
注意 救護
誘導
指導
指示   禁止 注意 安全
防火
誘導
指示

JIS(日本産業規格)の場合

ピクトグラムが絵記号で登場した当初は、主に施設の案内表示に使われることが主体でしたが、今日では防災への注意喚起や、身体障がい者への配慮など、社会生活に浸透し多方面で活用されています。



2.ピクトグラムの歴史

世界中を見渡した時に、古代からわたしたちの祖先は、壁画や象形文字などの視覚的な図を用いて記録を残し、コミュニケーションをとってきました。
日本では、平安時代頃から家紋が用いられるようになりましたが、これはどこの藩や家かひと目で判別できるように図式化したものであり、中世のピクトグラムとも考えられます。
近代のピクトグラムの原型は、1920年頃、オーストリアの社会・経済学者、オットー・ノイラートが生み出した「アイソタイプ(Isotype)」がはじまりとされています。



アイソタイプの一部(オットー・ノイラート)

文章を読む習慣がない市民にも、複雑な社会や経済の情勢をわかりやすく伝えるために考え出されたもので、簡単にいえば「絵記号で表すグラフ」です。統計を比較するとき、記号の並びを見るだけで直感的に違いを把握することが出来ます。


一方、現代のピクトグラムの発祥は1964年、美術評論家の勝見勝さんと若手のデザイナーの作成による、東京オリンピックの「施設シンボル」とされています。1964年東京オリンピックはアジアで初めて、しかもアルファベットを使わない国で最初の開催でした。また当時、多くの日本人は英語を含めた外国語でのコミュニケーションはまだ苦手でした。
オリンピックの開催にあたって、世界中から多くの外国人が集まりますが、当時の日本では公共の施設には、「食堂」とか「お手洗い」という日本語の表示しかありません。世界各国から集まる人に対して、「どのようにナビゲートすれば良いのか?」が問題になったのです。外国語(特に英語)での言葉によるコミュニケーションをとることは、当時の日本人にとっては今よりはるかに難しい問題でした。
各国の文字をすべて案内表示することは不可能、それならば「絵」で表現すれば良いのではないかということで、「誰が見てもわかるマークを作ろう!」と提案したのが、東京オリンピックのデザイン専門委員会の委員長も務めた勝見さんでした。
日本人と海外から来る多くの来訪者の両方に、施設や設備を理解してもらうための視覚的な仕掛けが必要とされていました。オリンピックのアートディレクターでもあった勝見さんは家紋に着想を得て、シンボルでこれらを表現しようと、当時新進気鋭のデザイナー11人に声をかけ、生み出されたのが20種類の競技種目と39種類の施設シンボルのピクトグラムです。



ピクトグラムの一部(1964年東京オリンピック)

勝見さんやデザイナーたちは「社会に還元すべき」と普及を重視し、著作権放棄の同意書にサインをしました。こういった英断もピクトグラムが世界に広がった大きな要因の一つと考えられます。ちなみに、東京オリンピックでのピクトグラムの考案作業で一番難しかったのは、今ではメジャーで当たり前の「トイレ」だったそうです。




3.国際標準と各国で異なるピクトグラム

ピクトグラムの国際標準として、スイスのジュネーブに本部のある非政府組織「International Organization for Standardization(国際標準化機構:ISO)」が国際的な基準となる規格「ISO 7001」を2007年に制定しています。ISO規格に定められたピクトグラムは、日本はもとより世界中で通用するピクトグラムとされています。ISO 7001で規定される一般案内用ピクトグラムには、トイレ、駐車場、情報案内所、アクセス方法などの国際シンボルが含まれますが、あくまでもガイドラインであり、各国や地域によっては独自の基準のピクトグラムが存在しています。



引用:芝大門講座2023年1月24日(公財)人権教育啓発推進センタ―特別セミナー
「ピクトグラムと人権 ~外国人や障害のある人の視点から考える~」

また、ISO規格とあわせて「JIS」という規格もありますが、JIS規格は日本産業規格(Japanese Industrial Standards)が制定した日本の国内規格で、国際規格であるISO規格を日本にあわせてつくられたものです。JIS規格として、案内用図記号(ピクトグラム)「JIS Z8210」を制定していますが、これはISO 7001に準拠するだけでなく、危険標識・警告標識・安全標識についての国際規格であるISO 7010の内容も組み込まれています。



JIS (日本産業規格の場合)

JIS Z8210に定められているピクトグラムは「日本国内で理解、使用されるピクトグラム」とされ、多くの日本人がひと目見て何を表現しているのかわかるようにつくられています。そんなJIS規格の代表格といえば「非常口」のピクトグラムです。緑色の非常口のピクトグラムは、今では世界的にもっともポピュラーですが、このピクトグラムは、1973年の熊本の大洋デパート火災がきっかけで生まれました。その前年には関西でも大規模な火災(大阪難波・千日デパート火災)があり、消防法が見直される過程で緑色の非常口が誕生したといわれています。赤い炎の中では緑色が一番映える色であり、「ここを通って逃げてください」という指示がひと目でわかるようなデザインのため、「ピクトグラムのお手本」といわれるまでになりました。


JIS規格では、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本人だけでなく外国人旅行者にもよりわかりやすい案内用図記号にするために、2017年にISO7001にあわせた改正が行われました。


そのひとつに温泉マークがあります。従来の温泉マークは3本の湯気が立ちあがるデザインでおなじみですが、外国人が見ると「暖かい料理を提供する店」と誤解する恐れがあるとして、ISOでは3人が入浴する新デザインを提案していました。しかし今度は「混浴と誤解されるのではないか」と温泉地から批判が続出した結果、どちらを使用するかは表示者の判断に任せることになりました。

このように、私たちが当たり前に目にしているピクトグラムは海外にはないものだったり、逆に海外からするとなじみのないものがピクトグラムになっていたりすることがあります。 
それでは、海外のピクトグラムにはどのような特徴があるのでしょうか。


【アジア】

中国では、人口14億人、漢民族および55の少数民族をまとめるためには、言葉にかわる情報伝達手段として、図記号の重要さが注目されており、世界で一番ISOの図記号を導入している国といわれています。中国独自のピクトグラムは、文字と組み合わせて使用されることが多く、漢字や簡体字の形を取り入れたデザインになっています。また中国の伝統文化や風景をモチーフにしたピクトグラムも存在します。

韓国のピクトグラムは、以前は独自の国内規格をもっていましたが、国際化のため2013年に案内用、安全用ともにISO規格を全面的に導入しています。非常に簡潔でシンプルなデザインが特徴で、障がい者や妊産婦に配慮した表示方法やトイレ誘導の距離表示など全体的にバリアフリー施策が広く浸透しているようです。


【欧米】

イギリスには、英国規格協会(British Standards Institution:BSI)があり、日本同様、図記号を含む多くの英国規格が存在しています。ISO 7001とデザイン的には微妙な差異があるようですが、国内統一よりも企業や団体に合わせるとのスタンスがイギリスのプライドの高さを表しています。



提供:madameFIGARO.jp

遺跡の多いイタリアでは、街並みのピクトグラムには文化的、歴史的なものが多いと連想しますが、意外にもスリや置き引きなどの犯罪に注意を促す内容が多いようです。また、公共の交通標識にストリートアーティストがデザインを描き加えてしまったものも見受けられます。本来の意味は日本と同じ「車両進入禁止」ですが、イタリアでは、あまり危険でなければ、絵を描き加えられた標識もそのまま放置されているものもあるようです。



アメリカのピクトグラム

アメリカでは、街中や公共施設で日本ほどピクトグラムが活用されていないようです。ヨーロッパ同様、アメリカでもさまざまな人種や国籍の人が暮らしていますが、背景や文化に違いがあり、共通の要素が意外と少ないためにその図形が示す意味を多くの人が理解しにくいことが影響しているのかも知れません。空港や鉄道などの案内表示も、小さめのピクトグラムに文字と矢印が組み合わされたものが多いようです。


【その他の国】

アフリカのピクトグラムは、地域によって異なりますが、伝統的な文字や色彩が使われることが多く、南アフリカでは、動物や自然をモチーフにした色鮮やかなデザインが特徴です。
南米のピクトグラムは、インカ文明の影響を受けたような神話や伝説をモチーフにしたものが多くあります。また、南部の自然や風景を表現したピクトグラムも存在します。



4.障がい者についてのピクトグラム(マーク)

障がい者についてのピクトグラム(マーク)も世の中には多数存在しています。
以下に代表的なものを紹介します。

障がい者のための国際シンボルマーク
障がい者が利用できる建物、施設であることを明確に表すための世界共通のシンボルマークです。このマークは特に車いすを利用する障がい者を限定し、使用されるものではありません。
盲人のための国際シンボルマーク
世界盲人連合にて1984年に制定された盲人のための世界共通マークで、視覚障がい者の安全やバリアフリーに考慮された建物、設備、機器などに設けられています。
聴覚障がい者標識(聴覚障がい者マーク)
聴覚障害であることを理由に免許に条件を付されている方が運転する車に表示するマークで、マークの表示については、義務となっています。
身体障がい者標識
肢体不自由であることを理由に免許に条件を付されている方が運転する車に表示するマークで、表示については努力義務となっています。
補助犬マーク
「身体障害者補助犬法」の啓発のためのマークです。身体障害者補助犬とは、盲導犬、介助犬などのことをいい、公共施設や店舗などで補助犬の同伴を受け入れる義務があります。
耳マーク
聞こえ方が不自由なことを表すと同時に、聞こえない・聞こえにくい人への配慮を表すマークです。また、窓口等に掲示されている場合は、聴覚障がい者へ配慮した対応ができることを表しています。
ハート・プラスマーク
「身体内部(心臓、呼吸機能、じん臓、膀胱・直腸、小腸、肝臓、免疫機能)に障がいがある人」を表しています。外見からは分かりにくいため、さまざまな誤解を受けることがあります。
オストメイト/オストメイト用設備マーク
オストメイト(がんなどで人工肛門・人工膀胱を造設している排泄機能に障がいのある人)であることとオストメイトのための設備(オストメイト対応トイレ)を表しています。
ヘルプマーク (JIS規格)
義足や人工関節の使用、内部障害や難病、または妊娠初期の方など、外見からわからなくても援助や配慮を必要としている方が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることができるマークです。
「白杖SOSシグナル」普及啓発シンボルマーク
白杖を頭上50cm程度に掲げてSOSのシグナルを示している視覚に障がいのある人を見かけたら、進んで声をかけて支援をしようという「白杖SOSシグナル」運動の普及啓発シンボルマークです。
手話マーク
聞こえない・聞こえにくい人が手話でのコミュニケーションの配慮を求めるときに提示したり、公共及び民間施設、店舗など手話による対応ができるところが掲示できます。
筆談マーク
聞こえない・聞こえにくい人、音声言語障がい者、知的障がい者や外国人などが筆談でのコミュニケーションの配慮を求める際に提示したり、公共民間施設、店舗など筆談による対応ができるところが掲示できます。
障がい者雇用支援マーク
公益財団法人ソーシャルサービス協会が障がい者の在宅障がい者就労支援並びに障がい者就労支援を認めた企業、団体に対して付与する認証マークです。

参照:内閣府 障がい者に関するマーク


ピクトグラムを利用するのは健常者、障がい者などあらゆる方です。
しかし、残念ながら障がい者への配慮が欠けているデザインや設置の事例も少なからず存在しています。
例えば弱視の視覚障がい者にとって、トイレにおける男女の性別はピクトグラムのデザインだけでは判別できず、間違って異なる性別のトイレに入ってしまう経験は、よくある事例だそうです。
また、聴覚障がい者の場合は、視覚による認知は健常者と違いがないと思われがちですが、個々の物事をそのものとしか理解せず、抽象的な視点でとらえることが難しいとの指摘もあります。
このように障がいの程度に応じて、すべての人びとが判別できるピクトグラムを開発することは今後の課題となっています。



5.ピクトグラムの普及と今後の展望

■大阪・関西万博でのピクトグラム

2025年開催の大阪・関西万博において、海外からの来場者が350万人を超えることが見込まれており、会場内外の飲食店がイスラム教徒やベジタリアンなどの多様な食文化に対応できるよう、飲食店でのメニューに使用食材を表すピクトグラムが製作され、また、食材ピクトグラムを導入している飲食店を探すことができる地図アプリの開発も進められています。


提供:株式会社フードピクト

一方、すでに導入されているものとして、万博の輸送需要に対応するOsakaMetroの新型車両400系では、ドア寄りに車いすやベビーカーのスペース、また優先座席のピクトグラムを大きく表示し、利用者ニーズに対応しています。


引用:新型車両400系と新造車両30000A系を中央線に導入します(OsakaMetro)


■今後の展望

最後に高齢化や多様性に関する3つのピクトグラム事例を紹介します。


(1)高齢者施設での活用(福岡市)

2025年には日本の高齢者の5人に1人が認知症になると予測されています。認知症の方が自力で生活できる環境づくり、また生活の質を高めることを目的として展開された事例が福岡市にあります。認知症の方がピクトグラムなどの記号情報をどのように理解するのか調査を行い、いくつかの考察をもとにデザインが改良されました。そのノウハウは「認知症の人にもやさしいデザインの手引き」にまとめられ、福岡市の高齢者施設などで展開されています。


引用:芝大門講座2023年1月24日(公財)人権教育啓発推進センタ―特別セミナー
「ピクトグラムと人権 ~外国人や障害のある人の視点から考える~」


(2)災害対応ピクトグラム(岡山市消防局)

岡山市消防局では、消防署職員が火災現場で聴覚障がい者の避難誘導をうまくできなかったことをきっかけに、2016年度より川崎医療福祉大学と共同で、NBC災害(核(nuclear)、生物(biological)、化学物質(chemical)による特殊災害)時に効率の良い救助活動を行うことを目的として、絵文字を使用したツール「災害対応ピクトグラム」を開発し、その効果と趣旨を理解した全国の消防機関や官公庁において活用されています。
大規模商業施設での災害発生時に多数の一般市民を避難誘導する際、全員への意思疎通を図るため災害対応ピクトグラムを使用したところ、視覚的効果により外国人・障がい者などにも救助の目的が瞬時に伝わり、効率の良い避難誘導・指示が可能となりました。


ピクトグラム製作例 (岡山市消防局)


(3)UD(ユニバーサルデザイン)タクシー

誰にとってもわかりやすく使いやすいユニバーサルデザインでの裾野も広がっています。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催を契機に、車いすでも乗車できるUDタクシーが急速に普及しました。UDタクシーは車いすユーザーがタクシーに乗車する際、本人と介助者が同時にスロープに乗っても電動車いすなどの重量を支えることが可能であり、車体にUD(ユニバーサルデザイン)マークが表示されています。耐荷重によってマークの色が異なり、ピンクは300kg、緑は200kgまでの対応が可能です。また、マークの左上にある星☆はスロープの角度を意味しており、☆1つ(UDレベル1)に比べて☆☆2つ(UDレベル2)は角度が緩やかで乗降口が低く乗り降りしやすいなど、構造上特に優れているこを意味しています。

UDタクシーは、車いすユーザーに関わらず足腰の弱い高齢者、ベビーカー利用の親子連れ、妊娠中の方など、誰もが利用しやすい"みんなにやさしい新しいタクシー車両"であり、街で見かける頻度も増えてきました。大阪府では2025年の大阪・関西万博に向け、2024年度末までに府内のタクシー総台数の25%をUDタクシーへ置き換える目標を掲げており、さらなる普及が望まれます。

参照:


1964年、東京オリンピックで「施設のシンボル」として発祥したピクトグラムは、グローバル化や多様化が加速する昨今において、国籍、年齢などを問わず私たちの日常生活の中でなくてはならないコミュニケーションツールとして、世の中の動向や状況に合わせて進化を遂げてきました。
今後も私たちの生活を支える大事なサインとして、さらに発展していくことが期待されています。


以上