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ふらっとへの手紙



ふらっとへの手紙 関西沖縄文庫 vol.1 大城尚子さん

2013/02/21


大阪で出会った「沖縄」とともに考え続ける 大阪大学大学院 大城尚子さん

沖縄人は先住民族だという気付き

 沖縄で生まれ育ち、今は大学の博士課程で現代の植民地主義の実態をテーマに研究しています。普天間基地のすぐそばにある高校に通うなど米軍の存在を身近に感じながらも、高校時代まではアメリカが大好きでした。中学高校時代から日米関係の問題を話してくれる先生がいたり、議論する場があったりはしたのですが、特に深く考えることはありませんでした。

 最初の転機は大学時代です。沖縄戦の研究をされている石原昌家先生の国際平和学という授業で、沖縄の人々を先住民族として定義し、国連で訴えているNGOの報告を聞きました。自分たちが先住民族だとは想像もしなかった視点で、とても驚くと同時にもともと関心のあった国連という場で働きたいという思いを強くもちました。そしてそのNGOに所属し、以来6年にわたって活動しました。その間にタイやインドに留学し、沖縄や先住民族の問題を考え続けました。

 実は、自分たちが先住民族であることを最初はなかなか受け入れられませんでした。「未開の地の人」というイメージが強く、便利な社会に育ち、教育も受けた自分が当てはまるとは思えなかったのです。インドに留学した時、そのモヤモヤした気持ちを現地のNGOの人に伝えました。「現代社会に育った私たちには、独自の文化を大事にしながら今の社会と折合いをつけていくという方法もあるんじゃないか」と。

 すると「折合いや調和も大事だけど、それはこちらから働きかけていくものであって、宗主国の人たちが主導するものではない」という答えが返ってきました。その言葉が胸にストンと落ち、沖縄と大和の関係を考えると確かに沖縄は大和の植民地であり、先住民族である私たちは独自の文化を否定されてきたと実感できたのです。たとえば私は地元の小学校を卒業して琉球大学付属中学校に進学したのですが、地元では自由に話していた方言を中学では禁じられ、「きれいな日本語を使いなさい」と言われ続けました。今思えば、それも大和に同化させるということだったのだとわかります。

  月1回の学習会で試行錯誤しながら

 帰国後、改めて沖縄のことを理論的に考えたいと思いました。国連で働きたいという思いも持ち続けていたので、大学院の博士課程に進むことにしました。大阪を選んだのは、大阪市の大正区に沖縄出身の人が多く住んでいることを知っていたからです。沖縄のことを忘れたくなかったんですね。ただ、関西沖縄文庫や主宰者の金城馨さんのことは知りませんでした。大阪に行くことが決まった時、さまざまな人から「金城さんに会いに行きなさい」と言われ、「いったいどんな人なんだろう」と思いました。よく意味がわからないまま、大阪に来た直後に訪ねると、4時間ぐらいずっと植民地主義について話をされたんですよ。「なんだ、大阪って面白いな」と思ったのを覚えています。関西沖縄文庫や金城さんとはそれ以来のつきあいで、もう4年になります。

 当初はイベントがあれば顔を出すという感じでした。少し物足りなく思っていたところに、文庫に来る人たちの中から「先住民族の権利について知りたい」という声が出ました。そこで月1回のペースで勉強会をすることになったのです。まず沖縄にルーツをもつ自分たちが先住民族であることを理解してもらおうと思いました。沖縄ではそれがなかなか受け入れられないのです。かつての私と同じように「遅れている」というイメージが強いんだと思います。ところが文庫での勉強会では最初から参加者のほとんどが「うん、自分たちは先住民族だと思う」と言うので驚きました。そこから少しずつ勉強してきました。法律の専門家ではなく、人に教えた経験もない私が国際人権法や先住民族の権利について教えるのですから、毎回手探りです。研究者仲間の間で当たり前のように使っている法律用語の説明から始めなければなりません。沈黙が続くので「何がわからないのかを言ってください」と言うと、「全部わからない」という言葉が返ってきて途方に暮れたこともありました。

まずはお互いの「違い」を明確にしたい

 いろいろ試行錯誤するうちに、少しずつみんなが積極的に参加するようになってきました。今は順番にそれぞれが調べたことを発表するなどしていい感じでやっています。いっしょに学びながら、生活の場で受けてきた差別や抱えている感情を吐き出して、また外に出て行く場にしたいというのが私の希望でした。そういう意味でもとりあえず目標は達成できたかなと思っています。これからはさらに法律を勉強して、外でいろいろな問題にぶつかった時にどんなアプローチをとれるのかを考えられるトレーニングの場にしていきたいです。

 ここで学んでいるのは私自身も同じです。私も遠慮して言葉を飲み込んでしまう場面があるのですが、関西沖縄文庫は言葉を飲み込まなくてもいい場、自分の考えを再構築する場であるのかなと思います。

 日本(大和)では私が沖縄出身だと知ると、「沖縄、きれいでいいよね」と言う人が本当に多いんです。褒めてくれているのだと思いますが、誰も米軍基地のことには触れない。私も沖縄のことをそういうふうにアピールしてきた時期があったのですが、それは実は沖縄のためではなく、日本や日本人のためなんですよね。米軍基地を沖縄に押し付けているという現実から目をそらすため、沖縄の美しさや魅力をことさらに強調するということです。沖縄での反基地運動自体も日本人寄りだと感じています。日本政府や日本人に遠慮しながらものを言うようなところがあると感じています。

 歴史を振り返っても、沖縄は日本の一部分ではありません。沖縄と大和は「違う」のです。それなのに沖縄の人たちは日本の人たちに遠慮しながらものを言う。遠慮することで問題はあいまいになってしまいます。日本の人たちもあいまいにしようとするのですが、まずは沖縄の側から自分たちの立ち位置を明確にし、日本の人たちにもそれをはっきりと求めることがすごく大切なんだということがだんだんわかってきました。また、日本人もこうした沖縄人の声を真摯に受け止め、沖縄人の考えを問うのではなく、自ら考えていただきたいと感じています。(談・2012年12月22日)

関西沖縄文庫 vol.2 上地美和さん
関西沖縄文庫 vol.3 上原(瀬名波)有紀さん
関西沖縄文庫 vol.4 金城馨さん




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