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特集



偏屈でも、いいかな? 番外編

2008/04/04


大学生、屠場を撮る
ある若者からの相談

昨年(2007年)の春のことである。大阪芸術大学で映像を専攻する大学生から、屠場を取材・撮影したいのだが相談に乗ってくれないかという連絡があった。関東と関西のいくつかの屠場に取材依頼してみたが、どこも色よい返事がなかったという。
食肉関係者を取材した経験がある私は、屠場側の断る理由がわからないでもなかった。屠畜やそれに携わる人たちに対するマイナスイメージが現にある中で、 作業をしている姿や顔をさらすのは、デメリットはありこそすれメリットは考えられない。ましてや知り合いでもない学生の依頼である。
実はこの私も気が乗らなかった。以前、何人かの高校生や大学生が、放送部の番組制作や授業のレポート、卒論執筆などで私をインタビューしたことがあっ た。私が取材を受ける条件は、完成した作品やレポートを送ること、という一点だけであった。どのように編集・執筆しようがかまわないが、彼らに私の言葉が どのように伝わったのか(あるいは伝わっていないのか)に興味があったからである。それに取材をした結果を協力者に送るのは、プロアマを問わず最低限の礼 儀である。
ところが、完成した作品、レポートを送ってきた学生は皆無だった。もちろん、その後、何の連絡もない。大阪芸大生の取材協力に気が乗らなかったというのは、そのような理由からである。
しかし、芸大生が相当困っているのは、電話からもうかがえた。無下に断ることもできない。私は大阪市内の喫茶店で、その学生、満若勇咲(みつわかゆうさく 当時20歳、3回生)君に会った。

稀なふたりの稀なる出会い

「なんで屠場に興味持ったの?」という問いに、高校生に見えなくもない青春まっさかりの満若君が口を開いた。
「高1のときから4年間、吉野家でアルバイトしてたんですよ。バイトで毎日、肉を触ってたんですが、牛が肉になるまでを一回も見たことがなかったんで す。それが自分の中でずっとひっかかってて、大学に入って映像作品にしてみようかなと。撮影がダメならダメでいいんですよ。でも、その理由を僕の目の前で 言ってほしいんです」
青年は食い下がるのである。牛丼の吉野家でアルバイトをした人は何百人といるだろう。しかし、満若君のように考える若人は稀である。よし、ひとはだ脱ご う! 青春時代をとうに過ぎた私は若者の熱意に少し感動し、以前に取材したことがある兵庫県加古川市の屠場関係者に連絡をとり、満若君と一緒に会いに行っ た。
取材・撮影の意図をふたりで説明すると、加古川食肉産業協同組合理事長の中尾政国さん(55歳)は、即座に協力を約束してくれた。ほうぼうで断られ苦い思いをしてきた満若君は、にわかには信じられない、という表情だった。
「最近、若い人も捨てたもんやないと思うようになったんや。こないして肉のことを勉強したい言う若い子がおるのは嬉しいことやん。もっと我々もオープンにして、いろいろ見てもらうようにせんとあかんと思うんや」
ホンジャマカの石塚に似た中尾さんはそう言うと、物理学や宇宙論にまで話題を広げるのだった。読書が趣味という中尾さんの話には、知の境界がない。いま 何を読んでいるのかを聞くと、現象学の始祖・フッサールだという。研究者以外でフッサールに関心を持っている人もまた稀であろう。かくして屠場を舞台に稀 なふたりが出会い、満若君の取材が始まったのである。